婚活で断り・断られが続いて、婚活疲れを起こし、止めてしまう人がいる。そういった中に、婚活を止めたら急にモテだしたとか、出会いがあったという人がチラホラいるのを聞く。
頑張ってるときは成就せず、諦めたら上手くいくってどういうことなんだろう?
肩の力が抜けたから、狙ってる感じが消えたから、といった解釈もあるけれどもう一歩踏み込んで考えてみると、婚活に活かせるヒントが見つかるかもしれない。
婚活している女性の心中
婚活中って何を気にしているだろうか。
まずは結婚できるか、どんな相手ならふさわしいか、どれくらい(費用・時間)で成婚できるか、といったところか。つぎに相手の容姿や勤め先、年収、趣味といったところ。
そして肝心なのは出会いだ。誰に紹介をお願いし、どんな出会いの場にいくかは、とても重要な問題だ。なぜならムダに時間を過ごしてしまったり、遊び目的な人に出会う可能性をなるべく排除したいから。
女性は若ければ若いほど求婚されやすいので、なるべく早く夫となる人に出会いたい。それゆえ時間的な制約を強く意識する。
だからなのか焦りが出る。焦ると見える範囲が狭くなって、冷静な判断が下せなくなり、自分にふさわしい人ではなく、みんなからふさわしいと思われそうな人を選んでしまう。
とうぜん競争率が高くなり、断られる回数が増える。そのことがまた、焦りを呼び、頭がこんがらがっていく。
いつのまにかその人らしさが失せ、相手からは「結婚さえできればいいのか?」な人に映る。
婚活をやめた女性の心中
それがひと度婚活を止めると、焦る気持ちから解放され、ふさわしいと思われる人を選ばねば、という力みが消える。心に余裕が生まれ、どう生きようか、といったことを考え始める。
今後どうやって一人で生きていくのか、なにを優先していくのか。一人でもんもんと考え、出てきた答えを一つ一つ試していく。趣味に、旅に、資格に、時間やお金を投資し、自らに没入する。
するといつのまにか結婚にこだわらない自分へと変身を遂げている。前はあんなに結婚したがっていたのに、結婚だけが幸せじゃないよね、といった柔軟な考えへと変われている。その影響で言葉が柔らかくなり、相手に優しく接することがあたりまえとなり、知らぬ間に周りからの評判があがる。
自分はなにも変わってないのに、自分に集中しただけで、前よりずっといい自分になれている。
婚活をしてるときとやめたあとの違い
さてここまででお気づきだろうか。婚活中、女性はずっと意識を外に向けていて、婚活を止めたら、意識が内側に切り替わったことに。気持ちのベクトルが勝手に反転していったのだ。
以前書いたように、嫌われる人というのは精神的にタカる人だ。タカる人の特徴は、相手がどれだけ持っていて、どれだけふんだくれるかを見ているってこと。
婚活の場合も、相手がどれだけ持ってて、どれだけ恩恵がもたらされるかを見ている。構造としては同じ。みんなが婚活を嫌がるのは、そういう嫌われるかもしれない行いに自らを投じるところにある。いくら幸せな未来を掴むためとはいえ、あからさますぎないかと。
だから結婚しようと思ったら、タカるのを止めれば良い。婚活を止めたときのように、自分に意識を向けて、できることをコツコツとやっていく。その、なにかに集中して挑む様に、異性も同性も惹かれる。
そして、いい人を紹介してくれたり、交際を申し込んできたりする。これこそまさに、縁を自らの手で掴む、だ。パワースポット巡りなんぞしてる場合じゃない。
婚活を止めると急にモテだす理由
外に、外に、なんとかしてくれないか、なんとかならないか、と投げるから、上手くいくものも上手くいかないのであって、もし今そうであれば、外に投げてしまう自分を戒める方が先なのである。
たまたま婚活を止めると、外に投げる自分が消えて、別の自分が現れるから好転する。結局、我々に問われているのは、自分の人生を背負う覚悟があるか。
生きてきた背景も価値感も異なる二人が、共に暮らし、共に支えあい、共に生きることはとてもハードルの高いことだ。全く接点のなかった相手を理解するには、相手を知るより前に、まず己が今どういう状態なのか、これからどうありたいのか、を知ること。己の先に他者がいて、他者の一人が未来の配偶者である。
ということで結論。
急にモテだしたのは、未来の配偶者を理解するために自分の理解に集中したから。要は結婚するための下地が揃ったからである。