心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

謝罪してはいけない

悪いことをしたら謝りましょう って学校で習いましたよね。
でも謝罪してはいけないことだってあるんです。
謝罪してしまったらそこから抜け出せなることだってあるんです。

なぜ、謝ってはならないのでしょうか?

謝るのは有効な手段なのか?

人は、本当に悪いことをしたと思ったときしか謝ることはできません。ですが、面倒ごとに巻き込まれたくないときに謝るという戦略を取ることがあります。

それは相手の怒りを鎮める手っ取り早い方法だからです。それも直後に相手は態度を軟化するおまけつき。それなりに旨みがあります。

一度味をしめると、あなたはまた謝る戦法を取ろうとします。特別難しい技術でもないし、なんといっても苦手な心理的圧力からも逃れることができる。大変有効に見えます。

話がここで終わるなら、「謝る」という方法も十分推奨できましょう。
が、ここから先が問題です。

謝るがもたらす害

また相手が怒るような出来事が発生したとしましょう。そのとき、あなたはなんと言われるでしょうか?

「オマエのせいだ」

相手の頭の中には、「以前あいつが謝ったんだから、またあいつのせいにすればいいだろう」という考えが棲み着いています。だから今度も同じようにあなたに責任を負わせようとする。

言えば謝ってくれるのですから、楽勝です。なんの疑問も抱かずあなたにすべてをなすりつけようとする。こうやって「相手の怒りはあなたが鎮める」という関係が生まれます。

一度こうなると事あるごとにあなたのせいにして、あなたに責任を取れと寄りかかる→相手の依存心を引き出してしまった。
これが謝るがもたらす害です。

謝らずにどうするか

本来謝るとは、自分の不注意で起こってしまった出来事で誰かを傷つけたときに、せめて精神的な負担だけは引き取ろうとする行為です。自分と出来事に因果関係がなければいけません。

ところが、無関係のところで起こった出来事に相手が傷ついて、目の前の自分のせいにされた場合も謝ってしまう人がいます。

たとえば、「ブスのオマエがいると、目障りなんだよ」という暴言に対して、「…ごめん、こんな容姿で」と言ってしまう。おそらくその人は容姿にコンプレックスを持っているのでしょう。目の前のあなたをみてそのことが思い出されるから、「オマエのせいだ、謝れ」と言ってきてるのです。
自分の容姿を受け入れられないのが元凶ですから、謝ることなんてありません。

では、なんと言い返すか。
「本当に自分に自信がある人は、人をけなしたりなんかしないよ。自信がないからって人の見た目をけなすなんて、サイテー」と返す。相手のコンプレックスは相手の問題。知ったこっちゃありません。

またここまで言うのが怖ければ、イメージよく終わるようにする。「本当に自信がある人は、人をけなしたりなんかしないよ。○○君、かっこいいのにそんなこと言うなんて、もったいないよ」。
どうでしょう?これなら丸く収まりそうですね。

言い返せなくて黙ってしまい、つい圧力に負けて謝るに逃げたくなる気持ちは十分に分かります。
でもそうやっていると、依存から抜けられず、相手から「~のくせに」や「~の分際で」とバカにされっぱなしになりますよ。それではあなたが可哀想。そして人を平然と傷つけてる過ちに気づけない相手も気の毒。

いきなり華麗な言い返しをしろとはいいませんが、せめて謝るという逃げは双方に良くないことなんだ、という自覚くらいは持ってくださいね。