心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

自分が出来ることを相手が出来ないと腹が立つ理由とは?

いつもイライラしている人へ
こんなことでイライラしていないだろうか?

夫が家事をするのは良いが、食器がきちんと洗えていない、コンロの掃除を忘れてる、排水溝のゴミを取っていないと中途半端でイライラ。
彼氏の運転がへたくそ過ぎてイライラ。
「コップが当たるから気をつけなさい」と言ったのに、直後に肘を当ててミルクをこぼしてしまった子供にイライラ。

そんな当たり前のイライラにも理由がある。相手のせいか、自分のせいか、どっちだと思う?

具体的な例

夫にイライラするのは、妻にだけ家事が押しつけているから、そして結構な労働の家事に何一つ感謝をしてないから。
ちょっとくらいやろうとしてくれたっていいじゃない!「いつもありがとう」といってくれたっていいじゃない!、そんな不満が溜まってる。
そこへ来て夫の家事のポンコツぶり。

こんなに出来ないのに今まで練習さえしようとしてこなかったの? こんなに出来ないのに私の家事能力を評価してなかったの?
「オマエ、どんだけ偉そうなんだ!」
わき上がる気持ちが抑えきれず、「なんで、○○なの!」と家事の欠点をあげつらってしまう。

運転下手の彼氏にイライラするのは、彼氏の空間能力の低さにあきれ果ててるから、そして今まで苦手だった運転をちっとも上手くなろうと努力してこなかったから。
男なんだから空間くらい正確に把握できなくてどうする?今まで何やってきたの?そんな思いがふつふつと湧いてくる。
何回も切り返して駐車しようとするのをみてイライラは頂点に。

「はっ?私だって一発で停められる」「こんなとこ、友達に見られたら恥ずかしい」
わき上がる気持ちが抑えきれず、思わずむくれ顔。

注意を聞かない子供にイライラするのは、注意をちゃんと聞かなかったから、そして自分が注意散漫な子に育ててしまったから。なんでこの子はいつもこうなんだろう?なんで私の子だけ注意力散漫なんだろう?責める思いがわき起こる。

そんな時子供が口答えしようものなら、はったおしたくなる自分がいる。
「もう、こんなの嫌だ」「もっと出来る子に生まれ変わって欲しい」
我が子より、周りから賞賛される子を欲しい思いが止まらない。

イライラに潜む思い

そんなイライラに飲まれてしまっている自分。
原因は、家事を押しつけられるなどのストレスの蓄積、周りからどう思われるかが気になる性質、子育てスキル不足を責める気持ち、…だろうか。

それだけではない。「ワタシ、被害者。アナタ、加害者」という思いが潜んでいる。
人生は常にパワーゲームで、ワタシは弱い立場。だからワタシの味方をしない相手に猛烈な怒りを抱いている。

誰が上で誰が下、という考え方は、自然発生的なもの。動物には上下関係がつきまとう。動物から進化した人間にも当然、その機能は備わっている。

だが、人間は知性というそれ以上のものを持っている。
それを発動するかどうかは、個人個人にゆだねられている。

育った家庭でこんなにも違う

育った家庭が、相手と自分は「個」であり、互いに考える能力を持つ、ということを教育していれば、イライラは起こらない。

夫の家事能力がたいしたことなくても、「この人は私より家事能力がないのかもしれない。もしかしたら経験が不足しているのかもしれない。だからそれを補うようにしていけばいい」と考える。
彼氏の運転が下手でも、「この人は空間把握能力はなくても、○○な能力は飛び抜けてある。」と思える。そして子供には、「『気をつけなさい』じゃなくて、『こっちへ置こうね』と言った方がわかりやすかったな」と思える。

ある人にはイライラな事も、知性の教育が行き届いた家庭の出の者にとっては全然。
同じ出来事であっても、反応は必ずしも一意とは限らない。

イライラの原因は知性

つまり、知性が低いところにあれば、パワーゲームに飲まれイライラが起きやすい、ということ。
腹が立つのは、あなたの知性の問題。

だとしても、はいそうですか、と知性を上げられるほど単純ではない。
知性を上げること、すなわち「相手と自分は『個』であり、互いに考える能力を持つ」を体現する人物に触れ、それを肌にたたき込む。それが良い。(下記リンク参照)

しかし、どうしてもイライラする人物というのはいる。
その人を相手にし続けるかは考えた方が良い。冷静になろうとしても、その人のせいで怒りが発生するようなら、あなたの成長を妨げるであろうから。


「相手と自分は『個』であり、互いに考える能力を持つ」を体現する例を一つ挙げておく。
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