心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

なぜ、不倫をしてはならないのか?

TV番組でお笑い芸人の中川パラダイスさんが、「俺は不倫をしている。嫁もしてるからお互いさま」といい、共演者から非難を浴びていた。
彼曰く、「家族の形はそれぞれ」らしい。

その昔、私も「相手を一人に絞るなんてできない。互いの了解があれば、それでいいよね」と思っていた。しかしこれは心理学的には問題がある。子供の人格形成に云々言う前に、もっと確実に心をむしばむ。
やはりひんしゅくを買う行為は、理屈は分からなくても、それなりの害悪をまき散らしているんだ。

不倫がもたらす負のスパイラル

愛情を司る脳領域には、「愛着」「養護」「性愛」の3つの独立したネットワークが働いていると考えられている。愛着は、困難な場面でその人に助けてもらいたい、という気持ち、養護は、強い関心を抱く対象を守り育てたい、という気持ちだ。*1

相手との愛情を感じるには、いつも私に向いててもらい、いつも相手を向いている必要がある。

不倫は別の誰かに向くことだから、私との愛情はない。そこにあるのは、社会的意義だけ。婚姻届を出しちゃったから、子供がいるから。そういう条件に縛られて無理矢理家族という形態を維持しようとする。

しかし愛情という動機を失ないながら形態を維持するのは、大変だ。私たちは自分にウソをつけないので、取り繕うために莫大なエネルギーを投下しなくてはいけない。そしてしたからといって、すばらしい成果があがるわけでもなく、虚無感だけが残る。

不倫はする方もされる方も心が空っぽ

そうなると、心はどんどんと蝕まれ、うつ状態に陥る。無気力、無感動、無関心。
ただ息をしているだけで、心は死ぬ。それは不倫を積極的にやってる側も同じ。不倫のめり込んでいる内はいいが、それが終わると、「結局なんだったんだ」感が襲ってくる。一人の人と深く愛情を育てられない人は、どこへいっても、誰と恋しても、心の中の空洞は消えない。

愛情の本領を知っている人は、愛情を築こうとする意気込みが違う。親から注がれた愛情あふれる雰囲気がもたらす心の快適さ、守ってくれる人のいる心強さ、そういうものの【美味しさ】を自分の手でも作り出そうとする。

それは味わったことがあるからこそ。浮気する人は、それに触れたことさえない。

結局不倫という行為にいくらスポットを当てて、改心を促したとしても、問題は愛情の未体験にあるのだから、愛情を味わうにはどうしたらいいかに絞って解決を図ったほうがいい。

おそらく不倫をする人は、愛着障害不安型か回避型。愛着障害の治療を受けるのが一番の近道だと思う。

*1:SQ生き方の知能指数 ダニエル・ゴールマン