心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

人に興味が持てないならどうすればいいのか?

かなりの人に「人に興味を持てないんですけど、どうしたらいいですか?」と聞かれる。

別に興味を持てないならそれでいいじゃん! と思うのだが、そうもいかないらしい。やはりひとりぽっちじゃ生きられないし、仕事していれば必然的に人と絡まなくちゃいけない。少しでも円滑なコミュニケーションをしたくて、件の悩みを抱くんだろう。

しかし勉強しろ!と言われれば勉強したくなる、といったことがないように、人に興味を持て!といったところで、そうならないことは明白。
何事も強制はいけない。自然の流れを作っていこう。

とその前に、誤った興味の持ち方について紹介しよう。

いわゆる「根掘り葉掘り」系だ。
相手のことに興味津々で、とくに財産、地位、愛情の情報に爛々と目を光らせる。
目的は攻撃の種探し。弱みを握っていざというときに備えている。もちろん非の打ち所のない人物に対しては、「すごいわぁ」という褒め言葉とともにへりくだった態度をとる。ただし形勢が逆転して自分の方が上になったと思うやいなや、「あなた、たいしたことないわね」と手のひらを返す。

こういう人は、積極的に質問するため、「人に興味を持つ」ように見える。しかし目的はあくまで自分防衛であるから、その人が向いてる先は「他人」ではなく「自分」。
当然ながら、こういう人は目指さない方がいい。

では、まぁまぁ正しそうな興味の持ち方とはなんだろう。
それは「相手はどんな人だろう」と純粋に思えることだと思う。

私は普段全然人に興味を抱かないが、ある瞬間、急速に「知りたい!」と思うときがある。それは相手のよそ行きの顔が外れて、素顔が見えたとき。
カウンセリングで、患者さんがそれっぽいことを言ってるときは、「あーそう」と思っているのだが、ふとした瞬間に患者さんの本心が漏れ出て、私の心を貫く。
すると急に相手のことを愛おしくなって、「こういうときどう感じるんだろう?」や「これをこうした意図ってなんだろう?」といった興味が自然とわき出る。

これは自分でそうしようと思ったわけじゃなく、患者さんの心が私の心に触れたから、そうなった。

従って、自分の心が相手の本心を「分かる」くらい細やかで柔らかくあることが大事だ。
そのために、自分の心に敏感になる。
たとえば、「今、いやだと思ってるんだな」と、頭で唱える。「私、○○でグッときてる」と、頭で理解する。このなんとなくという感覚を頭で理解して明文化することで、相手から発せられた言葉を頭と心で味わうことができるようになる。

私たちは自分の心に疎い。そしてあえて明文化といった手間はかけない。
そうやって自分に鈍感だから、人にも鈍感になってしまうのだ。
ということで、まず、己が何を感じているのか、掴みましょ。

それが分かるまで、人に興味なんてもたなくたっていいと思いますよ。