心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

まともに謝れない人ほど烈火の如く怒る

なぜ、そんなに怒る?ってほどの人に出くわしたことはないだろうか。
睨み付けてきて、ドスのきいた声でどやす。

まるで自分は正義そのもので、こちらは悪みたい。

でもそういう人ってまともに謝れない。自分が謝れないから、謝る大変さが分からない。賢い人は謝る大変さも見越して、怒る度合いをちゃんとわきまえている。

駐車場で遭遇したオバさん

集合住宅に住んでいた頃、いつものように駐車すると、ものすごい形相でコチラをにらんでくるオバさんに出くわした。
「なんだろう?」と思ったが心当たりがないので行きすぎようとしたら、「ちょっとアンタ、ここ私の駐車場だよ。なんで止めてんの?」と言う。

「はい?」と思ったが一応番号を確かめると、128番。私の借りてるところだ。

そこでオバさんに言うと、「あらっ、私間違えちゃったわ」といそいそ引き下がった。
「ごめんなさい」の一言もなしに。

こちらからするとふざけんなである。
せめて一言、謝れば済むものを。

このオバさんに足りなかったもの

人間誰しも勘違いはある。
だからオバさんが私が自分の駐車場に止めてると思ってしまったことは、そう責められることではない。ただ、まるで自分が正義かの如く食ってかかるのはいかがなものか。
自分だって間違えることがあるのだから、穏便に対応すればいいのだ。
「あの、そこ私の借りてるところなんですけど…」と。

けどオバさんはそうはしなかった。
絶対的に自信があったんだろう。

でも結局間違えているのだから、かっこ悪いことこの上なし。
それだけでなく、自分の間違いの尻ぬぐいさえしていない。

いい年をして知性のなさ、丸出しである。

考える力のない人ほど過激な行動にでる

ちょっと前に店員に土下座をさせる客の話がニュースで取り上げられていた。

これもまた、自分が謝る側に立つ想像ができない典型だろう。
最終的に罪に問われて、少しは反省したかもしれないが、本当の意味で自分の間違いに気づけたかどうか怪しいものだ。

烈火の如く怒りちらしてしまう人は、本当は目の前のことに怒っているのではない。人生そのものへの不満を目の前の人にぶつけているだけ。
はっきりいって、「しらんがな」である。

なので怒りを向けられている方は、必要以上に恐縮しなくていい。その人の不満はその人のもの。
一言「なんでそんなに怒っているんですか? 怒ったら事態が好転しますか?」といって、頭を冷やさせた方がいい。