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心の守り方を考える

アダルトチルドレンが治るとはどういうことか考察

機能不全家族で育ったAC(アダルトチルドレン)を克服するとは、どういうことか?考えてみたことはあるだろうか。

機能している家族で育ったのと同じくらいの自己肯定感が身につく? 心底ポジティな人間に生まれ変わる? アダルトチルドレンだった過去を忘れるくらい伸び伸びと生きられる?

そういう「どこから見ても完璧に治りました」という人もいるかもしれない。
けれど、そう分かりやすく変化するものじゃないと思う。むしろ地味で穏やかに変化していくと思う。

そこらへんを、自分を見つめながら考えていきたいと思う。

ACが身につけるべき2つの能力

ACが身につけるべき能力の一つに「客観性」がある。

罪悪感を過度に背負い込んだACは、何に対しても自分が悪いと責める。
そのせいで、周りからいいようにこき使われ、心がすり減っていく。すると判断力が奪われ、ますます自分が悪いという考えが強まる。

だから、物事をフラットにみる力を養うことだ。

巧妙に「アンタが悪い」といいくるめられたとき、「そんなことない」と言い返すだけでなく、相手と自分を平等に見て、自分の権利を冷静に主張すること。そして自分の主張が相手を傷つけることを恐れて心を痛めないこと。

とにもかくにも「自分が悪い」という体で物事を丸く収めようとすることから足を洗えれば、立派なAC脱却だと思う。


もう一つ必要な能力として、「いつでも自分の味方で居続けること」があげられる。

人は我を満たしてこそ、相手に優しくできる。
なのにACは自分を犠牲にして、相手に優しくする。

こんな風に自己犠牲を払ってしまうのは、「受け入れて欲しい」気持ちが強いゆえ。味方不在の心細い状態だと、人から「受け入れられる」のは何よりの報酬となる。その報酬を手に入れようとすべてをかなぐり捨てている。
そうやって人に依存し、重たがられ、あげく報酬を逃す。

ならば実現不可能な報酬を諦めて、もっと現実的な「自分の味方になる方法」を習得すること。そこに気持ちを切替られれば、ACから早々に卒業出来るだろう。

能力が身についたからといってそんなに変化はない

この2つが身についたからといって、劇的に何かが変わるということはない。
肩の力が抜けて、ちゃんと周りを見られるようになるだけだ。

ただ、自分を傷つける機会は減る。いままで自分を犠牲にして推し進めていたことが、犠牲にせずともできるようになり、判断力の低下を防げるようになって、頭がクリアになる。

それがAC共通の「自信がない」という悩みに、いい意味で寄与してくれるだろう。自分で考えられるようになると、自然と自信が湧いてくる。

AC克服の先にたどりつくのは?

ACというとんでもなく高い山をめざし、辛く苦しい中を一歩ずつ前に進んでいくとき、私たちは何かに気づき、何かを取り入れていくことだろう。
それが我々に落ち着きと柔和さを与えてくれる。

それは、苦労したものだけに訪れる一つの悟りだと思う。

だからACをきちんと克服できると、とても「よい人」になれる、というのが私の結論です。