心の流れBlog

心の守り方を考える

子供にお金を渡す以外に喜ばせる方法をもたない親になってはいけない

今日からお盆という成人した子供をもつ親御さん。
子供を喜ばせる方法として、「お金を渡す」を選んでいませんか?

確かに「お金」は万能で、あって邪魔になることはないでしょう。
でも万能さに頼って、本当に大切なものを渡すの、忘れていませんか?

お金をもらうのが苦手な人もいる

私の親はとうに60歳を過ぎているけれども、微妙に収入があるため、帰るときに新幹線代をくれます。
それもなぜか父と母、バラバラに。

私は小さい頃から「お年玉」やら「お小遣い」といった類いの金銭を受け取るとき、居心地の悪さを感じていました。
裏で、「お金をあげるから、私に好意を寄せてね」という姑息な意図を叶えてあげなければいけない気がして。

それが今でも影響して、お金を渡されるのが苦手です。

相手の本当に欲しい物を考えてみる

お金は労働すれば手に入ります。だったら、親しか与えられないものをあげた方がいいんじゃないでしょうか?

親しか与えられないものってなんだろう?それは…
「子供の存在を肯定すること」です。

褒めろ、おだてろ、といってるんじゃありません。
もっと自然に、さりげなく与えればいいんです。

例えば、
夫婦仲を良くする→二人の間に生まれた子供の存在を間接的に肯定
笑顔で話しかける→子供の心の中に「受け入れられてる感」を感じさせる
お願い事をしてお礼を言う→子供の貢献感を刺激できる

こういった「なんでもないこと」、でも「なかなか出会えない」雰囲気を醸し出すことで、つかの間の「オレ(私)、生きてていいんだ!」という安心を与えられるのだと思います。

子供が守銭奴になるんじゃない、親が守銭奴にしてるんだということ

お金を渡せば「あなたを想っている」と伝えることはできましょう。
しかしながら、子供の真の欲求は「お金」ではありません。

そこをはき違えて、「お金」を渡そうとすると、子供の良心が腐敗して、「真の欲求を満たしてもらえないなら、お金で解決するか」と「お金」にこだわる人間に成り下がってしまいます。

長い目で見れば、そういう価値観は人を貧しくします。
「お金」に支配された人の周りには、同じくお金の奴隷と化した人々が集まる。そこには信頼や愛情といった「心」は存在しません。
互いが互いを利用し合う。
そういう寒々しい関係の中にいつづけると、心がカスカスになってしまいます。

子がそんな価値観になってしまってから親に介護が必要となった、としたら、子供は「心」を込めて御世話するでしょうか?
おそらく「真の欲求」を与えてくれなかった相手(親)には、同じく欲求を叶えてあげるということはしないでしょう。「肯定感」をくれなかった親に「肯定感」を返すなどしないでしょう。
それどころか、さらに「お金」という代替品を求めるかもしれません。

でもそれは子供が悪いのではなく、親がそう教えたからです。
いつの時代も子供は素直で、教わったとおりにやろうとします。

おそらくほとんどの親御さんは、そうは育てたくなかったはずです。
心やさしい子に育って欲しかったと思います。

だったら、「お金」で思いを表すことは辞めてみませんか?
「お金」で買えないもの、親だからこそ与えられるもの、を渡すことこそ子供を喜ばす一番の近道な気がします。