心の流れBlog

心の守り方を考える

無理に褒めよう、認めようとしない

世の中には優れた精神科医やカウンセラーの本があふれています。
数多くの症例を診てきただけあって、説得力があります。

本全体の約2/3は自分が扱ったケースが書かれていて、読んでる私はぐいぐい惹き付けられ、ページをめくる手が止まりません。
そして残り1/3にさしかかったところで話が切り替わり、どう対処したらよいかの記述に移ります。

私はいつもここで手が止まる。なんともいえぬ違和感を感じるのです。

今まではありそうだった話が、突然なさそうな話に切り替わったように思えてなりません。
なんだかこう…理想論を語られてる気がします。
具体的には、「いいところを見つけて褒めましょう」「小さなことでも認めて行きましょう」みたいな感じ。

とてもよく分かります。頭では理解できるのです。
けれど心がついていかない。

私には人を【意識して】褒めることは出来ないし、認めなきゃと【気負って】相手を承認できない。

私のように根がネガティブな人間にとって、相手の長所を見つけることは至難の業です。
だからといって、短所ばかりを口にしていては、相手を潰してしまう。

どうやったら、自然に人の良き所に目が行くようになるんだろう?
そんなことを考えていました。

褒め・認めを経験した人は少ない

世の中に十分に褒められた・認められた人ってどれくらいいるのでしょう。
少なくとも私の周りには、いません。

私が人生を通して出会った人は優に1000人は超えるでしょう。
でもいなかった、ということは、絶滅危惧種並にいないんだと思います。

褒められた・認められたことという経験のない人が、他者にそれを施せるか? といえば、「NO!」です。
けれども本には「褒めろ・認めろ」と書いてあります。
感じたことないものを、与えるって、なんだか飛躍が過ぎませんか。

自然な方法を探す

だから、本で紹介されている「正攻法」はほとんどの人が使えない。
マジョリティーである褒め・認められた経験のない者が、子育て・部下育てで使えるのは、それとは違った方法ではないでしょうか。

多くの人が違和感なく習得できる方法。
それは、

赤ちゃんが初めて立ち上がるときや歩き始めるときに自然と湧く感覚。
「できない」が「できる」に変わった喜びを分かち合う感覚。

赤ちゃんはなんにも出来ないところから、徐々にハイハイ、つかまり立ち、よちよち歩きという順で歩きを覚えていきます。
そのとき大人はどういった目で見ているか、というと、「ただ見ているだけ」です。
「早くやれよ」「下手だな」とは思いません。
「きっといつか立ち上がるんだろうな~」とほのかに思いながらも、ただ見守る。

親は言葉の通じない赤ちゃんに歩き方を教えられない、と思っているからです。

赤ちゃんには赤ちゃんの体得すべき技術があり、それを大人が侵したりしない。そのわきまえをもって、赤ちゃんに「立ち上がる喜び」を与える。
その喜びが、赤ちゃんに生きる力を与えます。

これと同じことを大人もやったって、いいんじゃないでしょうか。
出来ると信じて見守り、見事に出来たのなら手放しで喜ぶ。

見守る人がいると、みんな俄然やる気を出します。

見守る人は、根本的に「相手は出来る力がある」と信じているので、相手に「自分で考えなさい」と仕向けます。それは「勝手にやれば」といった投げやり感ではなく、「辛抱強く考えてごらん」といった伴走者的立場です。

できないと諦めていた当人も、一緒に走ってくれる人がいるなら、と少しずつ自分で考え始めます。
見守る側は出された考えを面白がり、「へぇ~、それは思いつかなかったよ」や「それでそれで?」と話を振る。
そうすれば、彼らはなお一層考えることに邁進し、いづれ自分の力で解にたどり着きます。

見守る側はその様子を傍で見ていたのですから、当人のつまづきや苦労がよく分かる。
それをもって、自然とねぎらいや尊敬の言葉が出てくるんじゃないでしょうか。

大人も赤ちゃん

赤ちゃんだけが「見守」られて、大人は「見守」られなくても平気だよね、というのは幻想です。
むしろ大人の方が複雑に考えすぎて、寂しくなったり絶望に襲われてしまって、「見守」られるを求めている。

不安になりすぎたとき、そっと潜り込む場所、受け止めてくれる手はがあったらどうでしょう?
安心しませんか? その安心を以て、再び表舞台に出てこられる気がしませんか。

昨今飼育されているペットの頭数がうなぎ登りなのは、ペットを自分の分身に見立てて、「見守」られたい欲求を満たそうとする人々が増えたからではないでしょうか。
本当は大人も赤ちゃんのように、「できない」ことを責められることなく、「できる」と信じて見守られたいと願っている。

我々は理性で、「大人とはこれくらい出来るもの」と踏んで、出来なければ大人失格の烙印を押そうとする。けれど、最初の思い込みである「これくらい出来るもの」というのを捨て去って、「これはあなたに出来ることだから見守るね」に頭を切り替えることができたなら、無理することなく相手の心に沿った言葉が出せるのではないでしょうか。

参考文献

自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書

自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書