心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

本物のリア充とは何かを考えてみる

リア充と聞いて、どんな画を思い浮かべますか?

  • みんなでBBQしている画
  • 旅行に行って絶景をバックに友達と決めポーズしている画
  • 恋人とラブラブの画

我々はそういった誰かと一緒のところを想像します。
でも、誰かと一緒にいさえすればいいのか?
私はそうは思いません。もっと別のなにかが必要なんじゃないでしょうか?

加藤一二三氏にみたリア充

今期で引退された将棋界の天才こと加藤一二三氏。特徴的な風貌と規格外れな生き様から人気を博しています。
その加藤さんがリア充だというのです。

加藤氏はBBQもしてないし、男子会もしてない。ラブラブのお相手を自慢もしてない。
けど、「リア充」。

ここから分かるのは、リア充は群れる必要どない、派手な画も必要ない、ということ。そして自分以外に一人いれば成立するということ。

リア充に必要なことは?

でもその一人は誰でもいいわけじゃない。
欠けてはいけないことがあります。

それが
「自分を思ってくれる人であること」「自分が思える人であること」だと思います。
広い世界でぽつんといる自分を迎えに来てくれる誰か、そして迎えに行きたいと思う誰かがいることで、独りじゃない世界の扉が開ける。
互いが映し鏡のような存在で、「あなたがいるから、私がいられる。私がいるから、あなたもいられる」という間柄。

そういう相手がいれば、人生の力強さは変わるんじゃないでしょうか。
リア充に必要なことは、心から思える誰かと出会う事だと思うのです。

思い思われる相手のいない人はリア充にはなれない

本当に必要な相手を見つけることのできる人は、物事の優先順位を的確に決められます。
件の加藤氏は「引退会見よりも前に家族へ報告するのが先」、として対局当日は無言でその場を後にしました。

これにより、加藤氏の思われ人(奥様)はよりいっそう加藤氏からの愛を感じたに違いありません。

周りからよく思われたいと自分を盛ることに必死で、誰を思い誰に思われるかを決められずにいる人は、たとえSNSの画面が派手であったとしても、本物のリア充とはほど遠いのだと思います。