心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

仕事が出来ても美人でも結婚してないだけで不幸な人扱いされるってどうよ?

才能や容姿、すべてに恵まれてる人でも「独身・彼氏なし」というだけで不幸な人扱いされる。

そんなに恋人や配偶者がいるとことが偉いのかーと憤りを感じる一方、恋や愛について真剣に考えてしまう自分もいる。

私たちはなにゆえ、それらに縛られ振り回されてるんだろうか?

思い込みが独身叩きを生む

私たちが恋愛や結婚にこだわる理由。それはーたった一人でも「自分を求める人がいること」に重きを置いているから
自分の存在や人柄を保証してくれる肉親以外の誰かがいることによって、人としての信用と得られる(と思っている)。

そう、幸せとは「他者から求められること」。
そして求められるために、人に望まれる自分であろうと努力する。

でも踏み入れた場所が悪ければ、「人ありきの人生」「人まかせの幸せ」に陥る。
人を頼るばかりの生き方をしていると、自分が誰かを幸せにする力が育たない。

子供が出来たからってすぐにそれを獲得できるわけでもなく、(子供の幸せを願って)ガミガミ怒ることしかできない。トラブルに見舞われても配偶者に頼るしかなくめちゃめちゃ頼りない親になってしまう。周りからもバカにされ、人に使われたりいいようにされて弱い立場に立たされる。そのストレスを子供に被せてしまって、子供心をすり減らせる。

そんな上手くいかない家庭を抱えていたとしても、世間の基準「結婚=幸せ」の袈裟を着れば、独身よりマシということで腹の虫が治まる。
そのために独身叩きをしているとしか思えない。

「受け身」こそが諸悪の根源

人から~されることを幸せの中心に据えてしまうと、「人がこうだから」「世間がああだから」「常識がそうだから」という言葉しか出てこなくなる。
善悪を決めるのは、自分じゃなくて外。外がなんというかで、それが正義にも悪にもなる。

だから「恋愛」や「結婚」がひとたびマイナーな文化になれば、とたんにそれらを叩く。ポリシーなんて一欠片もないんだ。

世間に意見を合わせてしまっている人は、大勢と一緒がいい、違和感をもたれない生き方をしたい、とマジョリティー圏に逃げ込むことを人生の最上に置いている。
しかし賢い人ならば、本当の幸せとは自分が幸せと納得していることや自分で選んだ人生だと思えること、って分かっている。

まだまだ日本にはマジョリティー圏に逃げ込む人が多く、受け身なままである。
私はその受け身な生き方をどうこう言ったりはしないが、せめて受け身は自分の中に留めてくれ と言いたい。

自分らしく生きている人に「いや、受け身な人生が正しい選択だよ。今すぐ改正を」と迫るべく価値叩きをするのはよしておくれ。
「入信することが正しい選択だよ。今すぐ手続きを」と言ってる宗教の勧誘となんら変わらんただの迷惑行為ですから。