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心の流れBlog

心の守り方を考える

LINEやメールの質問に答えない人、返事しない人の心理

妹に「○日、家にいる?送りたいものがあるのだけど」とメールしたら、「ありがとう」と帰ってきた。えっ? 家にいるかの返事はどこへいった?

友達から「○○ってなんだっけ?」とLINEが来たので、「△△のことだよ」と教えると、そのあと返事なし。

こういう「ん?」と思うプチストレスありませんか?

今日はこのことについて考えてみたいと思います。

自分が良ければすべて良しの世界に住む人たち

自分の目から見た世界が100%を占めている人は、「相手がどう感じるか」に考えが及びません。
自分が解釈し、自分が納得し、自分が満足すれば、オーケーなのです。

ですから相手が抱くであろうストレスを予見することなど皆無。

ある意味図太く、長生きするタイプなのかもしれません。

相手の関心にまで口を挟もうとする人々

「自分さえよければ」という図太さは、他人の関心など気にしないと思われがちですが、意外と関心を向けられないことには敏感です。

自分がハッピーで、相手がアンハッピーなときに、自分の幸せに関心を払われないことに不満を抱きます。
例えば
自分が婚約して幸せなときに、友達の親が亡くなったとすると、「親が亡くなって悲しむのはわかるよ。でも私のお祝いに水を差すことないじゃない」と不機嫌になります。友達の悲しみに沿うことをしないばかりか、友達が悲しむことさえ嫌がる。

私が幸せなら、あなたも幸せを感じなさい。じゃないと、私の幸せが揺らぐじゃない、と思っている。

そこまでして相手の関心に口を挟む理由は、「自分の幸せを相手に確定してもらいたい」という思いが強いからです。
自分と周りのすべてが自分に賛同してくれてこそ、自分はしっかりと感情をかみしめることができると信じているのです。

本当はもろい図太いさん

ここまで周りの態度に固執する理由が分かりますか?

以前、そのことを妹に訊きました。
曰く「自分が受け入れられているか、常に心配」と。
あんなに自分勝手で人の話を聞かず、我が道をいく妹が、まさかの「受け入れられていない」病にさいなまれているとは!!

そのとき図太さは自信のなさの裏返しなのでは? と思いました。
しっかりと話を聞いて、まじめに返答したのに、まともな回答をできてないとののしられるくらいなら、最初から適当に聞いて、適当に答えて、「違うよ」って指摘された方が傷つかない。
自分の中に、「あ!ちゃんと聞いてなかったから」という逃げ道を用意して、心の安定を図っているのです。

しかしここまで読んだ方はお気づきのように、適当に聞くこと自体が失礼で、不信を招いている。自分を守ろうとしたことが、自分を追いつめる結果となっているのです。

ダメな自分を受け入れる強さこそ賢さへの近道

相手の言葉の全部を完全に理解することなど、誰にも出来はしません。私たちは所詮、肉体としても、精神としても別々の人間ですから。
それを実直に受け入れ、分からないなら分からないといい、分からないなら分かろうとし、間違えたなら間違えたと認め、たとえ亀の歩みであっても近づこうとするとき、ほんのかすかな重なりが見えて、分かった!の境地にたどり着くのではないでしょうか。

強がって出来る自分を装うことは、弱き者の取るサイアクの手段です。
その鎧は必要でしょうか? むしろ自分の知性の低さを露わにしているのではないでしょうか?

分からないことを分からないという素直さこそが、賢さへの近道ではないかと思うのです。