心の流れBlog

心の守り方を考える

他人を貶めたいと思う自分を否定しない

いつもお天道様に顔向けできる自分でいたい、と思います。
笑顔を絶やさず、人のために尽力できる自分、いいなって思います。

では現実問題、そうあれるか、というとむーりー!!
人を貶めたくなる、恨みたくなる自分がちゃっかりいます。

そいつを出ないように隠してしまうことは、果たしていいことでしょうか?

貶めたいのは自己防衛の表れ

誰でもバカにされたり、見下されたりしたら、腹が立ちます。

全ての人は「自分は大切な存在だ」と思いたいのです。その思いを打ち砕く存在は疎ましいだけでなく、排除したい懲らしめたい。空想でそれ実現するために、貶めよう、恨もうとする力が働きます。
要するに自己防衛ですね。

自己防衛があるからこそ、アイデンティティーは守られ、尊厳は死守されます。
反対に迎合してしまえば、心は壊れ、自分は失われます。
どんなときも自分の心は自分が護る以外ないのです。

やりすぎは禁物

ですが、自己防衛が過ぎて、気にくわないこと全てに攻撃的になる人がいます。

思い通りにならないということが、自分を否定しているように思えるのです。こういう人は非常に攻撃的で、意見してきた相手を潰さずにはおれません。ボスママなどはその典型でしょう。

ボスを頂点とするコミュニティーは一見すると穏やかで統制がとれたように見えますが、内実はドロドロ。
自己防衛の過ぎる人がつくる世界は、人間関係を腐らせてしまうのです。

気持ちにフタをしない

相手を貶めたい、という気持ちが湧いたなら、それは否定しなくていいです。
先ほど申し上げたように、自分の心は自分で護る。ですから貶めていいのです。

でもそれに過度に傾倒して、貶める行為だけに走ったり、貶めることだけに熱意を傾けてしまっては、バカにしてきた相手と変わらなくなります。
ミイラ取りがミイラにならないためには、しっかりと貶めて悔しい感情を成仏させることです。

湧いた感情にオトシマエはつけよう

ノートに「アイツ許せねぇ!!」と書いてもいいし、風呂場で叫んでも構いません。湧いた感情は素直に出しましょう。
ただし本人の前以外で。誰かを巻き添えにせず一人でやることを薦めます。

そして、本人を前にしたときは毅然とした態度を取る。
バカにしてきた相手に対して「もっと優しい方だと思ったのに。残念だわ」と。相手を非難するのではなく相手に期待を寄せていたのに裏切ったわね、という体を取るのです。そうすれば見栄っ張りな相手は期待に添えなかったことを恥ずかしく思い、謝りこそしませんが、態度を改めることでしょう。

ボスのように自己防衛の鬼と化した人に対しては、こちらの望む方向で自己防衛の力を強めてもらえればよろし。
正面切って「アンタがあんなこというからよ!」なんてバトルは辞めましょう。

感情にフタをしないからこそ、相手を封じ込める戦略が生み出せる。
湧いたものをわざわざ沈めることはありません。湧いたら湧いたなりに、そやつの存在意義はある。生かすも殺すも自分次第。

黙って見過ごさず、ちゃんと生かしてあげましょうね。あなたの心はあなたが護る。