心の流れBlog

心の守り方を考える

傾聴しないカウンセリングを目指す

カウンセリングの基本は「患者さんの話をよく聴くこと」。即ち傾聴。
私も患者だった頃、たくさんのカウンセラーに傾聴してもらった。

それで心は軽くなった。でも何か足りない…。
もし同じような気持ちを抱いてる人がいたら、他のやり方も模索してみてはいかがだろうか。

傾聴カウンセリングが効く人/効かない人

傾聴カウンセリングは、自我が出来ていて自分の話をしながら同時に自らを客観視できる人には効く。
話すことで思考のクセを振り返り、どうしたらよいのか見つけられるから。

一方、自我が出来上がっていない人は、自分の話をしながら自分におぼれる。自分を哀れむことはあっても、なにがいけなかったのか? に目が行かない。

振り返れる人と自分におぼれる人、どちらが話をすることで自分を変えられるかと言えば、もちろん前者だ。だから傾聴カウンセリングは向き/不向きがある。

傾聴カウンセリングは時間がかかる

とはいえ、多くの患者さんが傾聴カウンセリングで救われているのも事実。
年単位の時間をかけ、カウンセラーの導きにより、実生活に沿った考えが出来るように変わっていく。

だが実際、社会は年単位の時間をかけることを容認してはくれず、休職できるのはせいぜい1.5年。それを過ぎれば退職せざるを得ない。カウンセリングで救われる人がいる一方、カウンセリングで時間切れを起こす人もいる。

もちろんカウンセリングには多額の負担が生じるので、出費も馬鹿にならない。職を失うかもしれない恐怖と減っていく貯金に、不安は益々膨れあがる。
時間が掛かるというのは、時間だけの問題では済まされないのだ。

聴き続けることは益をもたらさない

カウンセリングで聴き続けたら、一体何が起こるか? 

患者の溜めた感情が、カウンセラーに移る。

患者はすっきりするだろうが、それだけ。
患者が100回親の愚痴を聴いて状況はそのままだったように、カウンセラーが100回話を聴いても患者は変化しない。即ち、患者が望んでいるであろう「健やかな心」は手に入らず終い。毎回すっきりするだけで一向にゴールが見えないことに、患者はイラ立ち、焦る。結局の所、聴き【続ける】ことは、患者の益にはならない。

問題をシステムとして捉える

だから傾聴以外のアプローチを考える。
患者の抱える問題を、システマチックに捉えることにする。

感情が生まれてから消えるまでを考える。
患者は感情の生涯の内、点線で囲った一部しか見ていない。だからその範囲のことだけ口にする。
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そこは苦しく・不快で印象深いからだ。それに対してカウンセラーは感情の生涯全てを見る。
するとあることに気づく。

生まれた感情をどうこうするより、感情が生まれる瞬間を押さえればいいのではないか? と。

そのために患者の話を一旦止めて、感情の生まれる瞬間(入口)に意識が向くよう仕向ける。もちろんめちゃくちゃ抵抗にあう。”感情を言いたいよー”とゴリゴリ押される。でも引き下がらない。患者のために引き下がってはならない。
根気よく寄り添って、「こっちを考えていこうね」と諭す。

患者がACの場合に限っては、ほぼ解答を口にすることもある。生まれてから一度も考えたことのないことなので、意識をどう向けていいのか分からないのだ。「やれ、やれ」いっても分からないものは分からない。だから患者さん一人一人に合わせて、その人の感情に近しい解答例を示す。すると、少しはコツが掴めて考えられるようになる。

この方法のいいところは、「気づき」を意図的に起こせることだ。自己否定をすることなく自分を振り返ることが出来、素直に心の弱さにたどり着ける。

それにカウンセラーが疲れない。やはりカウンセラーも人の子。嫌な感情をぶつけられたら、どこかで吐き出したくなる。でも酒の席等で自分の悪口を言ってるカウンセラーを信頼できる患者がいるだろうか。患者は常にカウンセラーに公明正大でいてほしいはず。だったらカウンセラーもそういられる工夫が必要だ。

まずは「傾聴」、ダメだったときにシステム的手法に頼る

人生初のカウンセリングは「傾聴」がいいと思う。なんといっても受けられる場所が多いし、自分が「傾聴が効く」タイプかもしれないからだ。

なのでサイドバーのバナーにある「心の流れ」で無料でも受けられるカウンセリングの場を紹介している。私設のカウンセリングは6000円~数万円/hと高額だが、公的なサービスとして提供されている場合がある。もちろんその目的は患者さんの問題解決とは別のところにあるため、効果のほどについて疑問を挟む余地もなくはないが、まずはカウンセリングを理解するのに役立つだろう。

なんどか「傾聴」を試してみて、合わないと感じるなら私のやっているような方法に切り替えてみる、という順番がお勧めだ。

凡人カウンセラーだから「傾聴しない」を選ぶ

尊敬する岡田尊司先生が、ご自分の師匠の深い聴く力にまだまだ身の引き締まる思いがすると、何かの本で述べられていた。
岡田先生のような経験を積んだ方でも、おいそれとはたどり着けない境地に至ってからしか「傾聴」で人を救えないとしたら、たぶん私のような凡人は一生誰を助けることも出来ない。

でもブログを通じて「困っているんです」という訴えをする人がいて、それを手をこまねいて見ていたくはなかった。だからいろんな方法を当たり、これだったら!というのが見つかったので、スタートを切った。

はっきりいってちっとも患者さんに優しくないし、突き放されてると感じる人もいるだろう。
でも優しさを前面に出して終わりなきカウンセリングを続けるより、厳しさがあっても終わりのあるカウンセリングの方が為になると信じている。
だからもし、私の患者さんで「話も聴いてくれない」と落ち込んでる方がいたら、それは貴方の益のためだと思って欲しい。