心の流れBlog

心の守り方を考える

大学を落ちた君へ。浪人したのはあなたのせいじゃないかもしれない

今週末はもう4月ですね。
4月と言えば桜舞う中で入学式。
みんな晴れ晴れと、新しい門をくぐります。

でも、そこに立てない君。来年の予定が空白の君。
何とも言えない気持ちに襲われるよね。
でも、門をくぐれなかったのは、君のせいではないかもしれない。勉強が足りなかったからじゃないかもしれない。

来年こそは、と願うなら、君のせいじゃない理由を知って、存分な力を発揮できるようになろう。

私の親は浪人生をつくるプロ

突然ですが、私の兄弟はたくさんいて、その全員が浪人しました。ひとりくらい現役合格したっていいのに、見事なまでに不合格。
どうやったら、こんなに不合格にさせられるんだろう?
不思議でなりません。

ちなみに兄弟のだれも、学校に行ってないとか、授業をサボってたとかということはありませんでした。ごく普通に学校に行って、宿題もやって、部活もやって、現役不合格。
不真面目さは微塵もないのに、不合格。これが連続で起こるということは、なにやら呪われてる?

呪いの正体を考えてみた

一つ気になるのは、母親が神経質であったこと。
母は子どもが大学に行けなかったら親せきから非難される、ということに怯えていました。
2歳上の母の姉(私の伯母)の子の出来が良かったので、我が子が出来損ないになることに耐えられなかったのでしょう。

それだからか、よく分からないプレッシャーを掛けられました。
「どこの大学にいってもいい。何学部でもいい。でも国立で標準より上ね。」

子どもが何を学びたい、将来どうなりたい、には興味を抱かず、母親が標準以上の子育てをした功績さえ手にすればOKだったようです。

私は親と自分がどうしたいか? を共有することが出来ず、ただ功績獲得のために大学に入れ! と脅されたため、1mmもモチベーションが湧きませんでした。
学校に行って、塾に行って、決められたことやって、という流れ作業を淡々とこなす毎日。入れた知識は右から左へ流れていきます。
本番までその調子でいったので、大した点を取ることもなく終了したのでした。

これは他の兄弟にも当てはまります。
今思えば、呪いの正体は、ひどくモチベーションがなかったことだったと思います。

そもそもモチベーションってどうやったら湧く?

じゃあ、親が一緒に頑張ってさえくれたらいいのか? と訊かれると、いや、それだけでもないかな、と思います。
他にもっと根源的理由があって、私にはそもそも何を学びたい、という願望がないのです。

大学に行きたいかどうかも不明。学びの面白さも分かってない。とりあえず周りが大学に行くっていうから行く、程度の慣習としての大学進学。エスカレーター式に入学できたらいいのに、と思っています。

勉強なんて面倒なんです。テストがいい点じゃなかったら、「君はダメな子」って言われてる気がする。気分悪い。
気分悪くなるために、わざわざやりたくもないことに時間を使いたくない。

でもやんなきゃなんない。最悪です。
なぜ、こんな風になっちゃったのか? と考えたとき、「私にはなんの願望もない」ということに気がつきました。
なんにも知りたくない、なんにも得たくない。手に入れたいのは、無難な人生。難のない、即ちトラブルがなんにも起きないことが一番の望みだったのです。

これはあまりにショボイ…。

心の中がスッカラカンで、どうしたいという気持ちがどこにもなかった。
その原因は、小さいときから「あれはしちゃダメ。これをしなさい。」と願望を摘み取られて、やるべきを押しつけられてきたからです。

泥団子をつくるのも、アリをおっかけるのも歓迎されなかった。子ども心に興味を持ったことは、ちっとも応援されなかったのです。
そこで私は「自分の願望を持ったら、親はいい顔しない」ということを学び、自然にわき出るモチベーションを隠蔽したのでした。
それ以降、モチベーションに出会うことなくその日を迎えることとなったのです。

大学に入るには膨大な基礎知識が必要です。それを頭に入れるには、努力が要る。その努力はモチベーションがあるからこそ、し続けられるのです。私みたいに心の中が空っぽの人間には、土台無理。

どうやら私がやるべきは、隠蔽したヤツを掘り起こすことだったようです。

君にやる気がなかったのは君のせいじゃなかった

勉強しなかったから、大学に落ちたんじゃない。勉強するになれなかったから、大学を落ちた。

その気の元であるモチベーションは、親によって阻まれた可能性がある。君が悪いからこういう結果になったんじゃない。でも、だからといって親に当たれと言ってるのでもない。
まず、自分を「バカ、バカ、バカ」と責めるのは辞めよう。自分の怠惰さを後悔するのをよそう。その代わり自分と問答しよう。

「どうして大学に行きたいか」
その答えが見つからないときは、これからどんなことを学んだら人生がもっとワクワクするか、どんな経験をしたら自分をもっと好きになれるか、を考えてみる。

その願望がはっきりしてればしてるほど、強く思えば思うほど、努力をものともしない強大な力になる。その力は君の願いが叶うまで、君を後押ししてくれる。
悔しいとかイヤだという動機はいっときの頑張りには使えるけど1年というロングランには向かない。やはり持つべきものは、努力を乗り越えられる力を与えてくれる強い願望。

大学に落ちた君が考えるべきは、どこの予備校に入るかではなくて、どうやったら人生楽しくなるか、だ。