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心の流れBlog

心の守り方を考える

オタクはなぜ気持ち悪がられるのか

オタクの祭典コミックマーケットは回を重ねるごとに大規模化し、アニメに疎い大人達にも知られるようになった。ちょっと前までは、閉じられた世界だったのが、今は市民権を得つつある。
だが一方でオタクを気持ち悪く感じる層も一定数いる。
マイナーだから嫌われてたのではなく、メジャーになって尚嫌われるということは、そこには人の嫌悪を引き起こす何かが潜んでいると考えられる。
今日はオタクはなぜ気持ち悪く思われるのかを考えてみたい。

アーティストのファンとアイドルオタクの違い

西野カナさんが大好きなファンは、あくまでもファンであってオタクではない。同じ歌を歌う仕事をしているAKBのファンはオタクである。
その違いは、オタクはオタ芸をするから?握手会に必死で参加するから?選挙のためにCDを何枚も買うから?
どうだろうか。

アーティストに対して抱く気持ちは憧れや尊敬である。アーティストはあくまでも人であって、その人がもつ容姿や技量に人は惚れ込む。
対してアイドルに抱く気持ちは かわいい や もっと一緒にいたい である。アイドルはオタクに都合の良いドールであって、好みのドールが芸を披露してるのを愛でる。

人間扱いされるアーティストと人形扱いされるアイドル。人か物か。そこが決定的に違う。

オタクの求める物

オタクはアイドルを神格化しすぎる。ドジや間抜けといったことは、かわいらしさに分類されるため責めの対象にはならないが、恋愛や結婚といった話には過剰な攻撃を加える。お気に入りの声優やアイドルの結婚が決まると、「裏切られた」や「死ぬー」と大騒ぎし、「死ぬまで独身でいてよ」と願望を押しつける。
そういった行動に出られるのは、”相手には相手の住む世界があり、幸せがある” という概念がないからだ。
アイドルはあくまでオタクを楽しませる存在でなくてはならない、と強く信じている。

結局の所、オタクの求める理想郷は、オタクがアイドルを支配する。支配と被支配の関係である。

オタクを気持ち悪く思う理由

人は対等であるとき一番ストレスが少なくて済む。ケンカをしようが、殴り合いをしようが、そこに相手を人間と見、自分を人間と見られる関係さえ約束されていれば関係は続く。

それに比して、片方が王様、片方が家来という役割分担を課せられると、いつも王様のために尽くさなくてはならない家来に不満が溜まる。よほどのベネフィット(金銭や特権)が与えられない限り関係は壊れる。

オタクがやってることはまさにこの王様-家来の構築。それゆえ周りから見て、歪な人間関係が目に余る。かりにオタクと自分が(知人として)付き合うことになったとしたら、その歪さに身をゆだねなければならない。そう思うとぞっとするので、自然と嫌悪感が湧くのである。

またオタクは「自分 対 モノ」というとらえ方で世界を見るので、自分がどう見られるか?という視点に欠ける。相手が不潔さを嫌うとか、服や髪型のセンスを嫌がるという感覚を持てずにいるため、そういうことに無頓着になる。着心地や安さ、利便性にばかりを優先してセルフブランディング(たぶんそんな意識もないかもしれないが)するため、オタクらしさが際だつ。

孤独死に男性のオタクが多いことから分かること

孤独死する独身一人暮らしの男性は自分の世界観に浸っている場合が多いらしい。

「孤独死とひと言で言っても、亡くなられた方のお部屋にはいろんなパターンはあるんです。男性の一人暮らしの方は、このように自分の世界観に浸っている場合が多いんです。2DKのマンションだったのですが、アダルト雑誌だけでも6t分もあったんですよ」そう淡々と語るのは、特殊清掃・遺品整理業のマインドカンパニーの鷹田了氏。

日刊SPA 死後1か月以上経過した部屋のすさまじさ

失業した後は誰も尋ねてこず、誰とも連絡を取らず、外界の煩わしいノイズを避けて満足する世界を突き詰めた結果がこれだ。
支配-被支配の関係性しかもてないと、働くのを辞めた後、人との関係性を保持したり新たに築くのが難しい。

なので、死後の世話を他人に頼ることができない。人の輪の中にいて、人を助け助けられて生きなければ、まともな最後は迎えられないのだ。
こういう事実もまた、人々がオタクを嫌厭する理由であろう。

オタクとの共生

歪な人間関係を築こうとする者は、他者にとって脅威となる。自分が支配されてしまう可能性があるからだ。
オタクを嫌うのは、身体から出た「この人(オタク)と付き合うと支配されるよ」という警告があるから。

人は自分を守るために様々な警告を受け取る。それは古来から先祖が繋いできた生き抜く為の知恵。それゆえ簡単に無碍にはできない。でも実際にオタクの数は増え、その存在は日常にあふれている。それゆえ、一方的に忌み嫌っては、生活に支障が出る。

どんなに崇高な精神の持ち主でも、心のどこかに支配-被支配を願う思いはある。つまり完全にオタク思想と無縁とはいかないのだ。だからこそ、完全に嫌うのではなく、重なる部分もあるよね、くらいの生暖かい目で見ると、彼らに対する拒否感も幾ばくかは収まるのではないだろうか。