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心の流れBlog

心の守り方を真剣に考える

ダサいとは、どういう状態を指す?

キャリコネニュース
blogos.com
にこんなんが載ってたんで、ダサいについて真面目に考えてみます。

子供のダサい

幼稚園くらいのとき、友達を指して「アイツ、だっせーの!!」と言った場合のダサい、これは、いつまでも親に甘えて自立していないことを指してる。

小さいときは「自分で出来る」ことがカッコイイ。親に面倒見てもらってばかりで自分でできないのは、「おこちゃま」であり、軽蔑の対象となる。ダサいとは、親離れできない子を指す形容詞。

大人のダサい

記事によると、こういうのがダサいらしい。

  • ガウチョパンツが似合ってない人、ダサい
  • 赤リップの似合ってない人、ダサい
  • マツゲエクステをしてる人がダサい
  • スタバに行ったことをUPする人がダサい
  • SNSに一生懸命載せる行為がダサい
  • 流行り物に飛びつくのがダサい
  • 雑誌の造語がダサい

ざっくり分類すると
ファッション系 / 行為系 / 概念系 になるだろうか。

まずはファッション系から。
合ってないのに合ってると思いこんでる、流行に乗ったほうがいいと思ってることがダサい。
自分よがりの無理矢理盛る感、ダセー、ってことかな。

行為系は?というと
おしゃれな場所に合ってるワタシ♥、リア充なワタシ♥、という自意識過剰さがダサい。

概念系は
○○な自分演出を後押しするかのように、自意識高いを煽る考えがダサい。

まとめると、自らを客観的に見ることなく、承認集めに奔走してる人に対してつける形容詞が、ダサい。

子供のダサい、と大人のダサいは同じ

親離れ出来てない子がダサいと思う子供と、独りよがりで人から認められたい気持ちでいっぱいの人をダサいと思う大人。
どっちとも、根っこは同じ。

「自立してない人はダサい」

かっこいいを考える

かっこいい人は、芯をもちつつも客観性を備えている。
だから、誰かのために何かができる。周りをしっかり見渡せる。

誰かのための行いができるから、報酬を手に出来る。経済的にも自立する。

これと似て非なるのが、おごった人。
やったことが偶然受け入れられて、”コレが出来るのは私だけ!”とつけあがってる。
これは、堂々としているように見えて、世間におもねている。承認集めに走ってる。

本当にかっこいい人は、世間がどう思うおうが関係ない。自我の評価を他人に明け渡さない。

結局ダサいとはなにか?

かっこいい人が「自立してる人」とすれば、その反対のダサい人は「依存してる人」。
周りによく思われたくて、自分を盛って、集まった承認に一喜一憂してる。

そんなふらふらと定まらない生き方をしている人は、人生を貫く芯を持つことができず、他人に振り回された挙げ句不幸になる。
無意識ながら、不幸な臭をかぎとることのできる我々は、そのことを「ダサい」と表現して、警告してる。

「ダサい」に染まり続けると、身体が社会に溶け込んで無くなる。
我を生きるためには、やっぱ、かっこよくなんないとね。