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心の流れBlog

心の守り方を真剣に考える

集めても、集めても、手からすり抜けていく

SNS映えする写真を撮り、リア充をアピールし、キラキラした自分を演出しているのに、いまいち幸福感が足りない。
オカシイ。なにが足りないのか?何がいけないのか?
そう悩む皆さんのことを考えてみたいと思う。

充実とはなんだろう?

充実とは読んで字の如く、実が充たされている状態のこと。
実=身、つまり身体。身体が充たされるためには、脳が”楽しいな~。”と感じる必要がある。
楽しく感じるには、集中と満足のどちらかが要る。

集中とは、時を忘れて物事に没頭すること。周りが見えなくなって、そのことだけが目に飛び込んできて、どうやったらもっと上手くいくか、頭脳の届く限り考えている。
満足は、思いっきりなにかをやった後に追ってくる感覚。損得を考えず、ひたすら頑張って、その先に拓けた景色を見た時、満足という雰囲気に包まれる。

これらは、共通点がある。
それはスタート時点で無心であること。

何か得られるだろうという欲(セコさ)を考えることなく、真っ正面から物事に向き合っていく真剣さだけがある。
成功するとか失敗するとか、という未来でさえも、想像の外。
ただ、やる。それだけ。

では、文頭に挙げた例は、スタート時点でどういう心持ちであっただろうか?

欲しがれば、欲しがるほど遠のく矛盾

SNS映えする写真、ということは「映え」ることがすでに頭にある。
すごいねーといわれる自分、いいねといわれる自分。そういう絵面が描かれている。

リア充アピールも、同じ。
スタート時点で、自分を盛る魂胆アリアリ。
無心とは真逆。

意図というのは、隠そうとしても醸し出されるものであり、盛ろうという魂胆もまた、周りにはダダ漏れる。そして、その魂胆は、周りをげんなりとさせる。
つまり意識すればするほど、絵面だった賞賛は遠のいて行く、という矛盾がある。

欲を手放せ、そうすれば

金持ちになりたい、有名になりたい、人気者になりたい、うらやましがられたい、愛されたい。
こういう欲を抱く人は、ほぼ未達のまま、人生を終えるのでしょう。
それは周りをげんなりさせるからです。
協力を得られずして、なにかに到達することは難しい。

つまり、こういった欲をもつことそのものが誤りなのです。

みんなの生活を便利にしたい→金持ちになった
エンターテインメントで周りを笑顔にしたい→有名になった
他人の心を大切にしたい→人望が出て人気者になった
周りの人の幸福を後押ししたい→お返しに周りからこちらの幸福を後押しされてうらやましい地位に就いた
相手の幸せを本気で願った→相手があなたのやさしさに心打たれて本気で愛してきた

といったように、まず自分が出来ることに目を向け集中し、出来たことに満足する。そうしたら回り回って、欲しいものがストンと手元に落ちてくるのです。

ですから、欲というのは一旦捨てましょう。
それにしがみついている限り、集中も満足も遠い存在のまま。

あなたが拘っている欲こそ手放せ、です。