心の流れBlog

心の守り方を考える

モノとして扱われることを覚悟しなければならないのかも

人間は、人として扱われるべきで、モノとして扱われるなんて言語道断。
そう思っていないだろうか?

確かに、人をモノのように乱暴に扱ったり、捨てたりしないが、その一方で、使いっ走りにしたり、使えないヤツとこき下ろしたりもする。
果たして、人はモノなのだろうか、やっぱり人なのだろうか。その点を考えてみたい。

犯罪に見られる、モノとしての人

人をモノとして見ている典型例は、犯罪行為だ。
ストーカ:犯人が目的を達したいがために、被害者の感情を無視して、目的を達する
性的犯罪:生理欲求を満たすために、被害者の人権を無視して、性的な行為に出る
誘拐:お金や(収監されている)人を奪うために、被害者の恐怖を慮ることなく、強引にさらい・監禁する。

我々がこういった事件になぜ胸をしめつけられるか、というと、無意識ながらも被害者が人として扱われなかったことに痛みを感じるからだ。
人は人としていて扱ってほしい、というのは、人間としての防御本能なのかもしれない。

身近な中に見られる、モノとしての人

こんどはもっと身近なところで見ていこう。
子供をどなる親:思い通りにならないと、大きな声で恫喝し、子供に【言うことをきかせよう】とする親。子供なりの理屈は完全無視。
暴力を振るう教師:「強くなること イコール 体罰(しごき)」という誤った考えの教師。自分がされたら痛いことも平気で生徒にやる。生徒の精神的・身体的痛みを感じようとしない。
ハラスメントする上司:セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、アカデミックハラスメント、といった地位を利用した嫌がらせを平気でする権力者。ハラスメントされた側の苦悩が全く想像できない。

この中の一つも経験したことがない、という人はいないのではないだろうか?それくらい、当たり前の景色。
悲しいけど、これが現実。

私たちは、モノとして扱われることから目を反らせすぎ

なぜ、詐欺に遭うか?考えたことはあるだろうか?
なぜ、裏切りに遭うか?考えたことはあるだろうか?

それは、私たちがモノとして見られたからである。私たちを人として尊重する気持ちが棄てられたからである。

脳天気な私たちは、心のどこかで ”私は人だから、いくらなんでもそんな酷い扱いは受けるまい” とタカをくくっている。
自分が相手を信じているから、相手も信じ返してくる、と信じている。
でも、そうじゃない。
逼迫すれば、だれでもその関係から外れる。

試しに、自分がめちゃくちゃ疲れた時を考えてみよう。いつもなら相手に粗暴な振る舞いなどしないのに、”もぅいいや”と強引に終了させた経験は無いだろうか。
一つ一つ丁寧に対処する余裕がないのだ。
誰でも窮すれば相手の気持ちを慮ることを怠り、モノ同然の扱いをしてしまう。

だったら、いっそ我々はモノとして扱われることもあると、腹をくくった方が現実に即していないだろうか?

信じるの意味を取り違えるな

人は善人でもあり、悪人でもある。
状況によって、どうにでも転ぶ。
だから、いつでも、どんな状況下でも信じると言っている人は、騙される。
信じたい気持ちは分かるが、それいつでも100%人として扱われるといったファンタジーにしがみついているだけ。現実が見えてない。

信じる、ということは、鵜呑みにするということではない。信じられるほどに、相手や状況を観るということである。
自分で責任を持って信じた理由を説明できる、ということである。

人はモノとして利用される可能性が上がった

車は売れないが、スマホは売れる。
スマホのハードウエアの売上げは頭打ちだが、(人どうしがつながる)オンラインソフトの売上げは伸びている。
つまり、人々は商品によって満たされるというステージから、承認されたり繋がったりという自分へのリターンに満足するというステージへと移った。
ということは、以前よりも我々はリターンを与える存在として利用される可能性が上がった、ということになる。
もう一度繰り返す。【利用される可能性が上がった】のである。

人として尊重されるから、まるでモノのように【利用される】方へ回ったのである。

これを知った上で付き合うのと、そうではないとファンタジーを信じて付き合うのでは、傷つき度合いが違う。
【利用される可能性が上がった】時代だからこそ、意識して巻き込まれない自衛策を打てば、利用される虚しさを感じずに済む。
そして、【利用される可能性が上がった】からこそ、利用された事を痛い勉強の機会だったと受け止められる。

しっかりと現実を観よう

「私たちは人なんだから、酷いことはされないよ」とタカをくくらず、いつ何時モノ扱いされてもおかしくない、という危機感を持とう。
良識や、人権に頼る考えは、一旦横に置こう。
自分を守れるのは、自分しかいない。
危ないと思ったら、さっと引く勇気を持つこと。
特に幼い子、若い女性、低い地位の人は要注意。
モノとして扱いやすい、価値の高い人ほど狙われる。

そのことを肝に銘じて、悲しい出来事が起きないように、しっかりと身を守って下さい。