心の流れBlog

心の守り方を考える

目につく不倫に対処する

社内で不倫している人々が目に付くことはないでしょうか?
今日は、rikoさんにコメントいただいた目につく不倫、の対処方法を考えたいと思います。

目につく理由

目を開いている以上、なんらかの景色が写ります。
それが美しく色づいた木の葉だったり、親子が手を繋いで歩く様子だったとき、我々の心は和みます。
一方、ヘドロがこびりついた排水溝や、親子が言い争いつかみ合っている様子だったとき、我々の心はすさみます。

網膜に映し出される光の粒であることには、なんら違いがないのに、感じ方はこうも違う。
それは目に映る景色を我々が認知しているからです。

この認知は、おおよその傾向を持っていて、良きものと悪しきもの、に分類されます。
先に挙げた木の葉は良きもの、排水溝は悪しきものとされます。

では、不倫に関してはどうでしょう?
諸々を取っ払って、純粋に恋愛している人々、という意味では良きもののように見えます。
でも、不倫している彼らには決定的に欠けているものがある。

目線です。

大人になる、年を重ねるとは、それだけ周りを見ることが当然とされます。
自分だけでなく、自分と周り、自分と周りとそのまた外から[自分と周り]を見つめる自分。これくらいの目線は要求される。
ところが、すじみち(倫)を踏み外す不倫というのは、自分しか見えていない。

大人なのに、幼稚園児並の目線。
この幼稚さ、アンバランスさが、周りに不快な思いを抱かせ、悪しきものと認知されるのです。

不倫するもしないも、目線次第

常に心が満たされている人なんていません。
運に左右されることもあれば、人に裏切られることもある。
傷ついて穴の開いた心に、するっと入り込まれたら断るのは難しい。

けれどしっかりとした目線があれば、自分が不倫をして周りに悪い影響を及ぼすことがあらかじめ見通せるので、誘惑に負けそうになっても、負けはしないのです。

目線が自分にしか向いていない人だからこそ、しっかりとした見通しが立たず不倫に走る。
不倫に走るような目線の狭さだから、周りからどう見えているのか分からない。結果、周りを不快にさせる。

不倫している周りはどう対処すればいい?

社内で不倫している人を目撃すると、なんともいえない生理的嫌悪を覚えます。
この気持ち悪さは、自己保身に走る上司を見たときや、身勝手な論理を振りかざす暴走社員に出会ってしまったときに通じるものがある。
目線の狭い人間は、必然的に周りを不快にしてしまうのです。

ですが、目線の狭さを他人がどうこうできるものではない。
唯一仕掛けられるとすれば、目線の狭い彼らが恐怖に感じることをやる。
社会ステータスが大事な人なら、不倫しているとステータスが危うくなるよと、ほのかに知らせる。
家族の絆が大事な人なら、不倫で家族がバラバラになった話を振ってみる。

そうすれば、多少は自重するでしょう。

どこの社会にも目線の狭い人間はいます。
かれらとの共生を念頭に、自分が嫌悪感でストレスを溜めない方法を編み出すことが、現実的対処と言えましょう。