心の流れBlog

心の守り方を考える

気持ちよく商品を売り買いするためには?

昔はセールスマンが商品を売り込みに来た。
今はパソコンやスマフォの画面が、商材を前面に押し出してくる。
人が売り込みに来るか、画面に映し出される文字が売り込んでくるか、の違いはあるが、受ける印象はまったく同じ。押しつけがましい。

素直に買い物ができない!

自分が欲しいものは、自分で発掘したい。
発掘したいときに、必要な情報を提示されるのが心地よい。

企業は「発掘したい需要が生まれるのを待つのではなく、発掘したくなる気持ちを人為的に起こしたいから、情報を出すんです」と言う。
そういうなら、スポットを当てるのは発掘したくなる気持ちであって、企業が売りたい商品じゃないだろう?
なのに、商品ばかりが前面に出た広告を打つ。
企業の売りたいという気持ちが見えた瞬間、私の気持ちは萎える。

”嗚呼、顧客のことを大切にしたいんじゃなくて、企業の売上げを上げたいんだね”と。
”顧客を売上げ確保の手段として利用したいんだね”と。

なのになぜ、我々は立場を変えて企業側に回ったとき、顧客を手段として利用するのだろう。
自分はされて嫌なのに、相手にはするなんて、矛盾しすぎ。

矛盾に満ちた理由

そこには恨みがある。

人にキツく当たられたら、無関係の相手に失礼な態度を取ってしまう、悪意の伝播。
企業は私を理解していないのだから、私だけ顧客に理解をしたら損よね、という気持ちがどこかにある。

要するに、自分だけが損害を被るのが我慢ならない。

分かる、とっても分かる。私も器の小さい人間だから。
でもね、そこで歯を食いしばらずに、悪意に身を染めてしまったら、自分の周りは悪意だらけになってしまう。

だからって、我慢して飲めといっているわけじゃない。
相手の悪意の元になるものを考えてみる。
相手が悪意の元に触れてみる。

すると、こういうことなのか!と腑に落ちる場面が降臨してくる。
押してもダメなら、引いてみな。ではなく「考えてみな」。
考えて、次元を一段上げて、相手の理屈と自分の理屈を包括する答えのたどり着いたとき、そこにはもう悪意とか善意とか、そういうものを超越した、「互いに分かる!」の安心感が横たえている。

悪意に飲まれないために

潜在的需要を人為的に掘り起こすことはある程度可能だろう。しかし、忘れてはならないのが、相手を真剣に思うことだ。
大ヒット商品が生まれる背景には、顧客の幸せや利便性を真剣に追求したことが多分に寄与している。
心構え一つで、搾取する・されるのルーズゲームか、幸せにする・されるのWIN-WINゲームか、が変わる。

バブルは崩壊したし、中国経済も不透明だ。
だとしたら、爆発的な購買力が経済を救うという構図は期待できない。
なるべく誰かの利益だけを追求するような売り込みを辞めて、企業も顧客も双方が幸せを享受できるモデルに変えていくことで、世界経済の縮小に対抗できると、私個人は思う。