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心の守り方を考える

アダルトチルドレンのメカニズムと脱却の一歩

アダルトチルドレンは、生きづらさを感じている。
今日はそのメカニズムについて考えてみることにする。

生まれた直後の赤ん坊は、世話なくして1日を生きることさえ出来ない。

だからかわいさを纏っている。
そのかわいさをもって、泣けば誰かが面倒を見てくれるという状況を作り出せる。
泣くことで自らの命を守ることと、同時に周りを従えるという自己中心に満ちた世界が出来上がる。
そこはまるで王様が自由に振る舞うかの如く、わがままがまかり通る。

しかし一方で、赤ん坊は面倒を見る側がその立場から降りると、命の危機にさらされる。
なので、意識が形成されると、面倒見係から愛されようと、相手の機嫌を取り始める。
それはまるで得意先を接待する社員かのよう。気を使って、使って、使いまくる。

幼い子供の世界は、王様の世界と気づかいの世界の交互が入り交じった複雑な様相を取る。

それでも子供はできるだけ王様気分を味わいたいから、事ある毎に泣いて駄々をこねる。
忙しい親は、その駄々につきあいたくない。で、「そんなに駄々をこねるなら、置いていくわよ」と力でねじ伏せる。
子供は捨てられたら生きていけないという計算が頭にあるので、粘っては見るものの、最後はしぶしぶ親に従う。

それを繰り返していく中で、子供は
「どーせ、自分の意向など汲まれやしないのだ。親に従う以外選択肢はない」と学習する。
意向を持つことの無意味さに疲れ果てた子供は、考えるのをやめる。
いわゆる無気力状態に陥る。

それでもどこかで「愛されている」ことを確かめたい子供。
親が喜ぶこと、即ち親の価値観の中で評価されることに、小さな生きがいを見つける。
その生きがいを求める範囲は、親だけに留まらず、周囲の全てに広がる。
祖父、祖母、親せき、友達・・・、誰かの賞賛を得ることで、「私は愛されるべき価値ある存在」と感じ、自分を認識する。

でも、現実は厳しい。
賞賛の日々は続かない。
頑張っても、賞賛されない結果になることもある。

賞賛されなくなれば、途端に、また、無気力状態に陥る。
その無気力状態が続いて、生きにくさを感じ、自分の殻に閉じこもるか、
もしくは、物や事に傾倒する依存状態を発症する。

全ては、成長していく過程で自分という人間を誤って認識した(させられた)ことが原因。

これは、洗脳のメカニズムと同じ。
最初、無能呼ばわりされて、もしくは暴力を振るわれて、「おまえの意向など無価値だ」という概念を植え付られる。
アイデンティティーの崩された空っぽの心に、今度は新しい価値観が植え付けられる。
「ボクの言うことを聞くならば、君は価値ある存在になれる」と。
自分を価値ある存在と思いたい一心から、相手の言うことはどんどん心に入ってくる。
そうやって相手の意のままの自分が出来上がる。
もちろん、自分で考えるなんてこと、出来やしない。完全なる依存状態の完成。

生まれたばかりの赤ん坊は、真っ白の状態だ。
そこへ価値観を植え付けるのは、世話をする人間。
その人間が、赤ん坊がその子らしく成長するように見守るのか、自分の好みに沿って育てあげるのか、どちらの方針を採るかで、どんなアイデンティティーを持った子になるのかが決まる。

貴方の親は、貴方の意向に耳を貸してくれただろうか?
同意してくれなくてもいい、せめて意向を確認してから、一緒に答えを出そうとしてくれさえいれば、貴方が自分を見失なうことはなかった。

洗脳を解くには、時間が掛かる。
解けるけれども、時間が掛かる。
解くまで根気強く自分に付き合うことが、アダルトチルドレンの生まれて初めての意向を実現することである。
意向を投げ出すことなく地道に拾い上げる努力をし続けることのできる者が、アダルトチルドレンを卒業する資格保有者であると、私は思う。