心の流れBlog

心の守り方を考える

今年の目標

何年ぶりかに太陽が昇るよりも早く起きました。
気分がいいです。
おかげで初日の出を拝むこともできました。

この調子で今年の目標を立てたいと思います。

3つあります。

一つは、甘えの気持ちから脱却すること
二つ目は、器を大きくすること
三つ目は、論理を磨くこと

一つ目の甘えの気持ちとは
私の気持ちをわかってほしい・受け止めてほしいという思いです。
自分を冷静にモニタリングすると、かなり<しゃべりぃ~>なのです。
まるで小学生が「ねぇねぇ、あのね聞いてよ」というかの如く、話をしたい衝動にかられる。
幼い時に親に十分受け止めてもらえなかったからです。
その後遺症が大人になった今、他者に対して甘えという形態で出てしまっている。

他者は私の過去と何の関係もありません。
なのに一方的に話を聞かされるのは、あまりに気の毒。
自制します。

実は自制することは、厳しいだけでなくメリットもあります。
それは、他者との線引きを明確にできるということ。

今まで人にダラダラ接してきたから、ぞんざいに扱われてきました。
具体的には告白されずにつきあうとか、プロポーズなしに結婚するとか。
私がそれを許してきたからです。言い換えるなら、甘えたい気持ちに身をゆだねていたからです。

人は勇気を出さなくても簡単に手に入るならモノ(対象)に、努力などしません。
そうやって手に入れたモノ(対象)を大切にしません。
対象である私の地位は地の底です。

これを辞める。

甘えを排することで、他者が、”この人とはきちんとけじめをつけないと前に進めないな”とか”いい加減な気持ちで接することのできない相手だな”という印象を持てば、必然的に襟を正した関係になります。
簡単には手に入らない特別な関係だからこそ、価値があり、継続しようと努力する。

親しい間柄には、緊張感は不要だという論もあるでしょう。
でも夫婦の愛情が覚めてしまったとき、友達と集まっても楽しくなくなったときというのは、ともに相手に対する思いやりがなくなったとき、すなわち線引きがあいまいになって、遠慮の気持ちが失せたときなのです。

安心感と無遠慮は別物です。
線引きすることで関係性を明確にした方が、認識のずれを最小限に抑えられるので安心する。
いい例が、<彼は付き合ってないと持っていたが、彼女は付き合っていると思っていた>です。線引きさえしていれば付き合うという確認作業を経ているので、このような悲劇は生まれないのです。
線引きをするからこそ安心感。
線引きしないからこそ生まれる不安感。

あなたはどっちがいい?
私は前者のほうがいいので、今日から線引き頑張ります。
甘えの気持ちに勝つぞ!と意識します。

二つ目の器を大きくすることは、言い換えれば自分の使命を理解することでしょうか。
私はいま操っているこの指先でさえ、私のものではありません。
何一つ私の思い通りに行かない。
なのに、私のものという意識が強い。
意識の範囲は広がれば広がるほど、理想と現実の乖離に焦りを感じます。
自分の~という意識を捨て、お料理(主役)を飾るための器という一歩引いた目線でいれば、私が社会のために何を使命として背負い、実行する運命にあるのかという考えを持つことができ、自然と焦りの気持ちが消えていきます。
私は焦りすぎている。
なので、焦らないようにじっくり器としての自分を熟成させます。

三つ目の論理を磨くことは、諦めないことでもあります。
自身の思考を深く見つめると、
・面倒くさいやぁ~
・どうせ出来っこない
・えいやっ!早く終われ(目の前から失せろ)
という気持ちが陥入して、丁寧に考えることを放棄している傾向が強い。

これに打ち勝つためには、しつこく論理を考え、磨き、言葉にしていくことです。
論理である以上、放り投げることはできません。
帰着するまで考え倒さなくてはいけない。
この粘り強さが、私の心を鍛えてくれると思うのです。

弱い自分を強く・しなやかにするために、掲げた3つの目標を達成すべく今年一年邁進していきたいと思います。