心の流れBlog

心の守り方を考える

「かわいそう」と「ずるい」は大人が使うべき言葉なのか?

数年前まで会社勤めをしていました。
そこで例の脇臭が気になって、香水を足首にするようにしていました。
するとある日、同僚の女性が「わんちゃんがかわいそう」と言ってきました。

確かに犬の嗅覚は人間の数百~千倍といいます。

香水に対する感度は高いでしょう。
ですが、犬が香水の臭いが苦手なのかは分かりませんし、蚊よけスプレーのように噴霧したらくしゃみすることもありません。
そもそも香水を付けるときは犬からだいぶ離れていますから。

「かわいそう」という言葉は心優しい感じに見えて、実は相手を悪者に仕立て上げる巧妙な心理です。
かわいそうという言葉を発すれば、聞いた人はかわいそうなのかもと一瞬思いますから。そう思わせることで相手の弱点(と思われる点、この場合本当に弱点でなくてもいい)につけ込んで潰してやろう感が潜んでいるのです。

もし犬の嗅覚を心配するなら、「かわいそう」ではなく、「犬って香水は平気なの?」と訊いてみればよろしいやん。

似たようなケースに、努力もしないで他人が努力の賜として何かを手に入れたときに「ずるい」という人が挙げられます。
ずるいというのは、正規ルートではない邪道な方法によって何かを獲得したときを指すのであって、自分より相手が優れた状態に対して使う単語ではない。
ところが、ずるいという言葉を言われたら、一瞬でもずるいのかな?と思いますから、「かわいそう」と同じ様相を辿るのです。

この「ずるい」と言う単語は「かわいそう」に輪をかけて、ひねくれた情緒を表します。
考える力のない人が使う単語といってもいい。

「かわいそう」や「ずるい」は自己愛ばかりが強くて、自信のない、歪んだ性格の人だけが使う、大人として相応しくない言葉です。

そういう言葉を使う人とは距離を取った方が賢明であると、つくづく思います。