心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

ぼーっとしてたら人は離れていく

いつも自分には何ができるかな?これはどうしてかな?と考える姿勢の人は、何かが起こったとき、事態に即した行動ができます。
ちょっとしたことでも相手が気を配ってくれたと分かったらお礼を言う、相手の労をねぎらう、先回りして行動する。

すると人は「分かってくれるじゃん!」「コイツできそう」と周りに集まってきます。

反対にぼーっとした姿勢の人は、何か起こったときに、起こったことに巻き取られます。

相手が気を配ってくれても、受け取るだけ、もしくは「どーも」という返事、もちろん率先して言葉を掛けたりなんてしません。

だから人は「こいつ分かってねぇな」「役にたたなさそう」と感じ、去って行くのです。
こういうぼーっとした人が他人に好かれたくて突如気の利く人を演じると、大概周りは意心地の悪さを感じます。
たいしたことのないことで仰々しくお礼を言う、相手がちょっと口にしたことを即実行しようとする。→周りから「やっぱズレてるよねっ」って言われて・・・
嫌われる。
最後本人は卑屈になって、「オレになんて誰も振り向いてくれない、ブサメンだし」と拗ねる。

違います。

顔とか生まれとか全然かんけーない。
物事に対するスタンスが違うんです。

武道で考えてみれば分かります。
相手の攻撃に即した構えをしていれば、どんな技でも除けたり反撃することができる。
けれど相手を見ずに武器ばかりを装着すると、武器で身動きが取れず、やっぱり負けちゃうんです。

大切なのは事態を見極める眼。
心の眼。

私は人と話しているとき”あー、今自分受身に聞いてるな~”と感じることがよくあります。
私自身も意心地よくない。相手も消化不良。
そういうときに限って、私は私の領域に引き込めば良いかと話を自分の懐に持ってこようとして失敗する。100%相手は私の話を聞きません。
こういう技をしかけたけど、スルッっとかわされた時、なんともズッコケタ後味悪い感じに囚われます。

結局相手は相手自身のことしか興味ないんです。
じゃあ、受身じゃなく相手の話を聞くにはどーしたらいいかってことが分かってないから、私は魅力のないまま停滞しているわけです。

私も是非とも積極的に事態を見られる眼を身につけたい。
ちょっとずつ、がんばりたいです。