心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

余計な感情をくっつける

親せきと話す機会が偶然重なりました。
私の親せきはすべて関西在住です。
関西と関東では人に対する接し方にやや違いがあるように感じます。

関西はウェット、関東はドライ。
関東に住んでずいぶんと経つので、ウェットな会話にひっかかりを感じます。

じゃあ、ウェットな会話って何か というと
自分の感情を絡めて事実を語る ということ。

たとえばある人が家を新築したとします。

それを、「Aさんが家を新築したみたい。よかったわね。」と反応するのが通常のところ、「Aさんは今まで自力で家を建てたことがないから苦労知らずね。これでやっと現実が見えるんじゃない?」のように嫉妬が絡む反応をする。これがウェットな会話。

自分が家を建てる苦労をしたから、他人さんも当然ながら同じ苦労を背負うのが当然と考えています。
けれども、家を建てる苦労を背負うも背負わないも自身の問題であって、他人さんは何の関係もない。
それを上手に区切れないと、感情をべたぁ~っとくっつけた会話しか出来なくなるのです。

この例に限らず、話すことの全てに裏の意味、怨念?のようなものがくっついて回るのがうちの親せきの特徴。
他の家は、そうでもないのでしょうか。

聞いていて-スッキリしない、居心地の悪い、表面では相手を迎え入れているように見えて、実は自分の欲望を達成するための餌食にしようとしている-
だから、会話が終わった後、心の空模様がどんより曇り☁。

感情は自分のものであって、それ以外に出すことは基本控えるのが自立したオトナだと思います。
特に負の感情であればあるほど。
他人に自分の下の処理をしてもらうのには抵抗があるのに、感情に至っては平気で処理をなすりつけるのはなぜでしょう?
実生活だけでなく、心の生活も自立が必要です。