心の流れBlog

心の守り方を考える

あの時感じた気持ちの悪さ

二人のお医者さんがいます。
一人目は365日いつでも開業していて、患者を診てくれる優しい医者、二人目は220日は開業していて、忙しいとだいぶ待ち時間のあるちょっと面倒な医者、どちらがいい医者だと思いますか?

詳しい事情を知らない人は前者のやさしい医者をいい医者だと感じるでしょう。

でも本当は?

一人目の医者の信条はいつでも患者を診ること。
365日開業しているのは、そのためです。
でも、患者を受け入れ続けている限り、綿密な治療プランを練ることも、文献を調べることも出来ません。すなわち、今持っている知識だけで治療することになります。
知識量には限りがありますから、難しい症状の場合いたずらに治療期間を延ばすだけで効果がでません。

二人目の医者の信条は患者を治癒すること。
休みを145日取るのは、休むためではなく、治療に必要な準備をするためです。
未知の病気、経験したことない病気のために、どうしたらよいか懊悩するのに要る時間です。
時間には限りがありますから、診察する患者の数をこなすことはできません。

自分がかかるなら、どちらの医者がいいか。
おそらく後者の医者でしょう。
患者の望みは診てもらうことではなく、治すことなのです。
ただ医者の顔をみることに価値があるのではないのです。

配偶者Sは医者のケースでいうと前者です。
一見すると優しいのです。365日いつでも診てくれるのです。
そして私にもその価値を押しつけてきます。
私が己が思う優しいからズレた行為をすると、責めます。
まるで「オマエは、冷徹きわまりない人間だ」と。

果たしてそうでしょうか?

診てるけど、結局治療法が分からないときに放置することは、優しい?
診ることの出来る時間は限られるけど、分からないときもなんとか分かろうともがき対処することは、冷たい?

Sの大事とするものと、私の大事とするものには、ずいぶんと差があります。
以前に似たような出来事が有り、心底Sのことを気持ち悪いと感じたことがありました。
まるで血の通っていないロボットのような冷たさ。

人の心に寄り添えない人間は、喩え話しでいうところの「診ること」に執心します。
それこそ、優しさだと疑わずに。
その疑わなさぶりが一番恐い。
私がSを生理的に毛嫌いしている理由は、私は到底理解しがたいみせかけの優しさをホンキの優しさと信じて疑わない頭の硬さでしょうか。