心の流れBlog

心の守り方を考える

「尽くす」という言葉に秘められた手垢

ー人のために尽くしたいー
おお、なんと美しい心か!

ってホント?

最近遊ばれる女性は尽くすタイプが多いと言われている。

えー!尽くしてるんだから、大切にされて本命ちゃんでしょ?と思うけれど、そーでもないらしい。

ところで、この尽くすという単語。実はそーとー、汚れてる。
実行する・やる、ではなく、尽くす。
同じ行動のことを表していても、「やる」であれば自分で決め、自分で行動したことになる。自分以外、誰にもなんにも責任が発生しない。一方、「尽くす」であれば、相手から有り難がられる・認められることによって完結する。
尽くすは報われることが前提の行為なんだ。

心の底に、「報いをよこせー」という秘めた気持ちを隠しながら、私頑張ってるのん♪雰囲気を出している女性⇒貞子並に恐くねーか?

ということで、尽くされた男性は、もぅそろそろヤバくない?と思うと、サーッと引いていく。当然、本命に格上げされる日は来ないのです。

普段なにげなく使っている日本語。その日本語がすでに他人との絡みを前提としているってどーぃうこと?
言葉を発することそのものに、依存性があるというのは、なんともいえぬ気持ち悪さを感じます。