心の流れBlog

心の守り方を考える

受身は人生も人間関係も破滅へ導く

ここ最近、受身な生き方について考えています。
人生を失敗する人、目標を達成できない人の特徴について具体的な例を目にすると、積極的に取り組んでないなー、周りがなんとかしてくれるの待ってるなーと感じます。
頭の使い方そのものが受身。

受身とは、目の前に現れたことに振り回され、浮かんだ考えに飛びつき、周囲や環境がなんとかしてくれると期待をする生き方です。

受身な人の印象

配偶者Sは受身の典型のような人。
好きか嫌いかの前に疲れる相手。
口火を切ることも、話の流れを作ることも、話を終結させることも出来ない。
ただ相手がなにか言ってきたときに、その言葉に振り回され反応するのみ。

なにもない。そう、なにもないんです。

邪魔じゃないけど、頼りにならない。そんな人です。

ただ自分が興味を持ったことは、一人でダーっとやる。
それは得意。
人の輪の中で何かを共に形作っていくということは、からきし出来ない。

私から見ると、いないのと同じ。即ち「無」。

受身な人との生活

ただの「無」なら放っておけば良いのです。
でも私はその人と婚姻関係を結んでしまった。
地獄です。

相手はなにもしなくても、平気。たぶん足にコケが生えるくらいじーっとしていても平気。
私は有限の時間の中で生きているので、いろいろ経験したい。でもいつも言い出しっぺは疲れる。

相手が言い出すのを待つ→しびれを切らす→自分で提案する→嫌気がさしケンカ。
全然幸せではありません。
大切にされている感もありません。

心を殺して、ただ息をしているだけ。期待を全て捨てて、お坊さんのように生きる。
配偶者でなければ、放り出しています。

つまり、基本的に受け身な人との人間関係は壊れるのです。

受身の未来

学校、仕事、といった関わらざるを得ない環境において、受け身な人は関係を維持します。特にグループ内に舵取りの上手い人がいれば、快適に生息可能。

しかし、個人的魅力はないに等しいので、組織を離れるととたんに寂しい人間関係になります。
それでもほとんどの人は自分から繋がろうとしないでしょう。

すなわち引きこもり。下手すれば孤独死。
でももしかしたら、煩わしい人間関係の縁が切れて、内心はほっとしているのかも。

生き方があまりに違いすぎる私が100%理解することはできません。
それでも人間は、ずっとひとりぽっちだと寂しく感じるもの。
内に内にこもって、彼らは未来どうするつもりなのでしょうか。

私は配偶者のことでさんざん疲れたので、出来れば今後あまり関わり合いたくないと思っています。