心の流れBlog

心の守り方を考える

会うのが疲れるということ

一人でいると寂しい、だからあの子と会う約束をする。
希望は叶えられたのに、会ったら会ったで疲れる、なんで?
そんな経験ないですか?

私は、友達と会ったときすべてにおいて、終わった後ほっとしている自分がいます。

会っている間は、”相手を喜ばせなくては””私といて楽しいのだろうか?”と気遣いの連続。時間調整、お店選びから始まって、会っている間のビクビク感←そりゃ、疲れるに決まっています。

そもそも相手が私を好いてくれているという実感がまったくありません。
だから相手に好かれようと、あの手この手で必死。
相手が私に会うのは、私のことを少なからず好いてくれているのに。

きっと、私は親から愛された感覚を持てずにいるから、他人から好かれないんだと思い込んでるのでしょう。
ならば、いっそうのこと、誰からも好かれないんだと割り切れればいいのですが、愛されたい欲求を捨てきれない自分がいます。
そして、愛されていることを確かめざるを得ない自分も。

そこで、人と会おうとする。

頭じゃ分かっているんです。これが無駄なことだって。
もっとやるべきことはあるのだって。

お坊さんになるに修行が必要なように、愛を得られなかった子供は大人になるために、修行をして心を鍛えなければなりません。
そのために一旦なにも求めない「無」の状態になれることも必要かと思います。