心の流れBlog

心の守り方を考える

継続できてるということは、承認欲求がほどよく満たされているということ

私は何をやっても続かないタチだ。
そんな自分が嫌で、歯を食いしばって続けようとするのだけど、力を出し続けることにどこか疲れて、パタッっと辞めてしまう。

世の中には、一旦始めたことは結果が出るまでじっくりやれる人と、ちょっとやって成果が出なければ即辞めてしまう人の二通りがいると思う。
継続できる人は継続でき、辞めてしまう人はさっぱりと辞めてしまう。その差は何か?

これが承認欲求と大きく関わっているのではないか。

何かをやり始めた時、他者や自己の内部から「アンタすごいね~。○○なところが秀逸だよ」と声がかかると、人間うれしくなって、もっとやりたくなる。

そのサイクルを回し続けると、あれよあれよという間に時が過ぎる。

本人は歯を食いしばるでもなく、苦労でさえも成長するための糧ととらえて進んでいった結果、知らぬ間に「継続する大変さ」をひょぃと超えてる。
そういう人は、何事にも楽しみを見いだすのが上手。
たとえ他者が褒めてくれなくても、自分が褒めてるのだから、取り組む姿勢がとっても軽やか。そのうち本当に実力がついて、他者からもお褒めの言葉をいただけるようになり、ますますパワーアップ。

実際、このようなサイクルが作り上げられなければ、人生はただの忍耐の繰り返しとなり、いつか糸の切れた凧のように飛んでいく。
頑張ることは美徳ではなく、自分から楽しみを見いだせることが、美しき人生を生きる秘訣なのである。

さて、私自らを振り返ってみると、親からいつも脅迫されて何かをやっていた影響で、何事も尻を叩いてやらねばならぬ感が強い。
当然、褒めるよりも「やれっ」と脅迫されている方が勝っているので、凧の糸がプチプチ切れて、あっという間に何もしない自分に逆戻り。

私が物事を継続できない理由は、怠惰な自分だからではなく、反対に自分に厳しすぎるからなのだ。

人は誰しも心の奥に秘めた力を持つ。
ただし、その力を発揮できるのは、土壌が整ったときのみ。
その土壌を育てるのが本来は親の役目であるが、周りの目を気にしすぎる親は、土壌を育てるより世間標準に合わせることに目が行ってしまい、出来ない我が子を叱りとばす。

そんな親の元に生まれたのは不幸だけれど、親は子の人生の責任など取ってはくれぬ。
だから成人したら一歩一歩自分をケアする方法を習得する訓練をすることだ。
甘やかすではなく、支える・認める-この感覚を自分の中に育てあげることが、とても大切なことに思う。