心の流れBlog

心の守り方を考える

育てるとか育むとかいう感性

破滅的な人ほど、営利主義に流される気がします。
キャバクラのお嬢さんたちの寮が汚いという記事を読んで、夜の蝶は客前では営利目的のために美しく飾るけど、自分が暮らす場所は汚くていいんだなぁ~と思いました。
要するに金儲けのためだけの美しさなわけです。自分を大切にするための美しさは必要ないと。

人は心がすさんでいけばいくほど、自分を大切にすることをおざなりにします。

ちゃんと栄養のあるものを食べて、適度に運動して、自分をケアするというところから遠ざかる。

だけどたまにそんな生活が嫌で、エステにいったり温泉に行ったり美容院に行ったりして、「あっ、私ってもっと大切に扱われていいんだな」感を肌で感じる。
そのときは心がすぅ~っと軽くなる感じがすると思います。
心理カウンセリングを受けたのとおなじ効果。

けれどもまた日常で自分をおざなりにして、暴飲暴食や睡眠不足、ストレスフルな生活をするのです。
私もそういう生き方をしてきたような気がします。
なぜ、そんな投げやりな生活をしてきたかといえば・・・
「どうせ、自分は失敗するんだ」という卑屈感が根底にあるからです。

ダイエットしても、勉強をしても、イマイチ先に進んで自分を育てている感じがしない。
やろうとすると、”所詮オマエはそんなことできるタマじゃねぇんだ”という悪のささやきが耳に届きます。
「できたー!!」と喜ぶ自分より、「またできなかった、挫折した」の自分の方がイメージしやすい。
だから何事も取りかかってまもなく諦めてしまうのです。

きっと心の中に、自分を承認するシステムを構築していないことが問題なのでしょう。
なにをやっても否定されていた過去(養育環境)が、先行きをダメな方向に予測する自分を作った。
それでいつも不安で、できなかったらどうしようが先だって、だったら辞めてしまえ、その方が出来なかった結果を前にショックを受けないからね⇒という自己防衛が働き始めるのです。

雑で熱しやすく冷めやすい私の感性は、辛抱強さをもたらす種の欠損によって形作られたのでしょう。
じっくりと育て慈しみ、愛するということをまったく知らない私。
そりゃ、モノになるまでなにかを育てるなんてこと出来るわけないです。
自分のクセと自分の現状に深く納得。

でも、変えていきたいね。育てられる自分に。