心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

受身男性(夫)の心の中

配偶者Sと過ごした14年間、ただの一度も安心感を得たことがない。
頼りない、受身、お客様、頑固、他罰的 ⇒ これが私の抱くSの印象。
何度も何度も話し合い、Sの価値観、心に潜むものを探し続けた。

そして昨日分かったこと。

Sにとって味方とは、「歯向かわない人」のことを指し、敵とは、「歯向かう人」のことを指す ということ。
世の中の人は、歯向かう人と歯向かわない人に分類され、歯向かわない人の中でも特に親密な存在とは自分の情報を開示したときに歯向かう態度を見せない人なんだそうな。

世の中の人をレベルゲージで表すと、マイナス値が大きい方が敵、近しい人になればなるほどゼロに近づく。
プラスはない。
だから家族という最も親密な関係に対してさえも、ただ傍にいることで事足りると思っている。
そりゃ~、恐ろしくずっと受身だわ。

私が抱く世界は全く違う。
味方とは「私を尊重しながら気に掛けてくれる人」を指し、敵とは「価値観の違いにより衝突し、こちらが衝突を解こうと試みたにも関わらず一方的に対話を拒否してきた人」を指す。

世の中をレベルゲージで表すと、プラス値が大きい方が味方、対話を拒否してきた人とは決裂するので、ゼロに近づく。
こちらの気持ちを無碍に踏みつける人に対しては、マイナスということもがある。
当然、家族という最も親密な関係は、ただ傍にいるだけでなく、気持ちを慮り時にケアをすることが必要だと思っている。

両者の価値観を付き合わせると、レベルゲージとして重なるところが、ゼロかマイナスとなる。
私にとって箸にも棒にもひっかからない・対話も出来ないどぉでもいい人が、Sにとってはもっとも親しみを感じる人。
乖離がありすぎる。

私が”愛して欲しい””守って欲しい”とどれだけ望んだところで、Sにできる最大のことは傍にいること(もちろん私が病気になってもしらんぷり)なので、私はいつも独りぽっち。
独身となんら変わらない心理状況。

これが受身の正体です。
おそらくSが幼少の頃体験した世界が、強大な歯向かう人との対面だったのでしょう。
いつも自分に歯向かい、自分を貶める存在に囲まれると、それが一つの価値基準として心に根付きます。
ただそれは万人に共通する価値基準ではない。

女の人は「愛される」ことに、貪欲です。
だからSのような傍にいるだけの人は、物足りないし興味をそそられない。
男の人であっても積極的にSといたいと思う人はいないかもしれない。
人を魅了する力とは、誰か・何かに惜しみなく愛を向けられることことだと思います。
愛とは「相手を受け入れ、支えること」。

でも、Sの世界に「愛」という基準はない。
受身の世界の形成にはそれなりの理由が有り、実は奥が広いのです。
「受身を止めて、積極的になって!」と求めたところで、そう変われるものでもない。
受身の本質を掴むまで、まだまだ考える旅は続きそうです。