心の流れBlog

心の守り方を考える

やっぱり自分を掴めない

私には、親がいるけど親がいない。
盲目に信じられて、頼りに出来る親がいない。
今いないのではなくて、ずっとずっといなかった。

小学校で「親を尊敬しましょう」と言われる意味が分からず、「お父さん・お母さん大好き」の感情が湧かなかった。

親を見て安心することはなく、親は緊張する相手だった。

だから・・・
そんな親から生まれた自分が愛せない。
本は「自分を大切にしましょう」って言うけれど、生まれてこの方、親からも大事にされてこなかったのに、「大事にするってナンデスカ?」

自分を大事に出来ないから、他人の不出来を受け止められない。
他人の不出来が即自分に跳ね返るから、他人の些細な間違い・重大な間違いを受け止めきれない。
ちょっと人間出来てない人といると、すぐケンカ。
つきあえる人の幅が超狭い。
そんなちっちゃな自分がキライ。
もっと大きな器にならなきゃ、自分の道を切り開けない。
・・・分かってる、分かってるけど、目の前に立ちはだかる「自分を大切にする愛」。
それが今も、今この瞬間も、全然分からない。

どぅやって克服するのですか?
頭じゃ無理って分かってる。理性で「愛」は理解できない。
でも、じゃ、何をして、何をすれば分かるんでしょう?
心の中に愛する・信じられる親のいない人全て、水辺に漂う浮き草。
自分のルーツをどこに求める?自分という存在をどぅ理解する?

水面に上がりたくても上がれない。
もがいてもがいて、藻が絡まる。
私の正体はどこ?
私が見えない。