心の流れBlog

心の守り方を考える

私と配偶者の考えの違い

人は一言「さみしい」と言ったとしても、そこに描かれる内的イメージはそれぞれです。
配偶者Sと私の決定的な違いは、感情に対するイメージの抱き方。

Sの「さみしい」は
騒ぎが終わって「ポツン」と残された感じ。
じりじり・ヒリヒリする感じ。

私の「さみしい」は
どぅしようもなく人恋しく思ってしまう感じ。
自分自身が心許なくて、誰かに心許なささを受け止めて欲しい感じ。
「あーひとりぽっちだ」という絶望感。

Sと私の「さみしい」に対する一番のスタンスの違いは
Sは感情を全部自分で受け止める、私は他者との感情の共有によってさみしいを克服する。

Sにとって、他者というのは[内的に湧く感情を共有し、なにか変化を加えてくれる存在]とは違って、自分の外 の世界という隔絶したものであるらしい。
なので、他者というのは「ある・いる」ことが重要で、「どう自分に働きかけるか」はさして意味を持たない。

私のような内的イメージの持ち主からすれば、そりゃSは遠い存在に見えるし、共感されないのだから、放っておかれる感じがして、苔と同じ感じてしまうのだろう。

この差を埋めるべく、Sに希望をいってもらってそれを叶えられることで他者との関わり合うことの温かみを知ってもらえればと思う。…が、私には若干辛いことよのぅ。
なんで傷つけられている上で、寛容になれ、慈愛を持てと言われておるのだから。
心のえぐられる思いで、居続けねばならないのです。