心の流れBlog

心の守り方を考える

結婚・恋愛にどっちつかずな理由

結婚しないと決めていた女性が40才を間近に控えて、「他の人と比べて恋愛経験に乏しい。家族連れを見て寂しさがこみ上げる。結婚いいかも…、でもだれでもいいから結婚したわけじゃない」とどっちつかずな状態をキープしている場合について考える。

私は恋愛は早めから経験した方がよいと思っている。

学生時代しか味わうことの出来ない恋愛の形態があり、アイデンティティを築き始める段階からの他者との深い繋がりは自分に大きな成長をもたらす。

恋愛経験の乏しい人は、外野から見ると非常に頭でっかちで固い印象を持つ。
私の理想の人とつきあいたい、私の喜ぶデートがしたいetc…恋に恋をしたいように見える。
しかしどのような他者であろうとも、自分の理想の延長にいるのではないのだから、少なからず衝突はあり、その衝突をどう収めるかでつきあえたり、つきあいが継続して結婚となるわけだから、ずいぶんと現実離れした想像をしていらっしゃる。

言ってみれば、自分は生まれつき□の形をしていて、□が考えた□の理想に当てはまる□の凹が空いた相手を求めているのに対し、相手は○の凹が空いていて、全然かみ合わないにも関わらず、頑なに「□の凹を空ける人しかムリ!」と言い続けているよう。その結果、他者から”○の可能性を考えない固いヤツ”という印象をもたれている。

恋愛経験を重ねると、自分が□を求めていても、相手が○であるなら、四角の角を丸めてみようとする行動が出てくる。
相手も○のままだとこちらと合わないので、一部は出っ張らせて、角の取れた四角にしようと試みる。
そうやって互いが調整をしあうことで、完全なる自分の理想は存在しないし、他者といると少なからず自分が努力して自分の器を広げていく必要があるのだと身を以て知ることになる。

さて話を最初に戻すと
結婚しないと決めていた女性は、おそらく生まれが不幸であったとか容姿を揶揄されたとかの心の傷を負っており、”自分は幸せになるには相応しくない。他の人と同じように恋を求めても傷つくだけだから、傷つかない『異性なしの人生』を決め込めば、自分を守れる”といった境地に達したのだと推察できる。
さりとて自分の身の衰えや経済的先行き不安感、さらには押し寄せる一人という事実を感じるにつけ、自分を守るはずの『異性なしの人生』への確信が揺らぎ、価値観の変動の岐路に立たされているのであろう。

今、自分を固めていた価値観が幸運にも揺らいでいるのであるから、”波に乗って変わっちゃえ~”となればいいのだが、恋愛経験の少ないこの女性は考え方が固い。

故ににっちもさっちもいかなくなっている。

我々は小さい頃、自分の王国を持っていた。
自分の思い通りになる世界。やさしい母がいて、「かわいいわね!」と褒められ、周囲から笑顔で接しられる世界。
そこで我が物顔で□の世界を満喫していた。
しかしそれは幼少期のごく一時期だけに許されるのである。
その後は他者の要求と自分の要求の折り合いを付け、自分の角を削り取って行かねばならない。
しかし角を削り取る行動に出られるのは、しっかりと□の角を立てられた後である。
中途半端な状態の□の角を無理にヤスリで削ると、また隅からピコッっと角が出る。
雑草を根こそぎ取らないと、また生えるように。

従って今この女性がやるべきは、無理に角を削ることではなく、自分の角を心ゆくまで出し切って、「まっ、このくらい角が出たからあとは丸くなってもいっかな」と達観することである。

他者の○を○だと認めることが出来ないと「なんで~なのよ」という台詞を乱発しながら他者を矯正することになる。
もちろんそれでは諍いが絶えないし、そもそも矯正してくる相手など居心地のよいはずもなく好意をもたれることすらない。

10代、20代ならば見た目の若さから放っておいても男性は寄ってきた。
しかし40代でそれはない。
だとしたら異性を惹きつけるのは、まぎれもなくその心の柔らかさである。
年代によって身につけられる柔らかさの質は違う。
自分の年代に見合った柔らかさを手に入れるために、まずは自分の角をしっかりと立てて成仏させてやることだ。

我慢するから、抑圧した物がひょっこり顔を出す。
「ここまで待ったのだから理想の人と結婚したい」と思っている女性は是非我が身を振り返ることを勧める。