心の流れBlog

心の守り方を考える

人間力とは他者認識力かもね

書類提出のため郵便局まで自転車で走っていたときのこと、右側の車道(信号無し)から車がひょっこり出てきました。

車の運転手は大きな通りに出るために視界を確保しようと、車を前に出します。
ところが私は直進しているので、車とぶつかりそうになる。
そこで自転車の軌道を車後方に曲げて車を回避しました。

そのとき、「立場(車と自転車)が違うと、互いの行動を思いやれないものなのだなーと感じたのです。

車は安全運転第1ですから、視界確保は大切です。

でも自転車はそれによって進路をふさがれ「邪魔だなぁ~、めんどくさいなぁ~」と感じ、実際遠回りしなくてはならなくなる。

自分という目線だけに囚われると、相手のことは、思考から吹き飛んでしまうのです。
社会のトラブルの元は実はこういう自分の考えに囚われることではないでしょうか。

殺人を犯すのは、自分の感情(や事情)が他人の命より優先されると思っているから。
駐車違反するのは、自分の都合が他の車や住人より優先されると思っているから。
騒音を出すのは、自分のストレス発散が他者の不快感より優先されると思っているから。
上から目線の横柄な態度は、自分の言っていることが絶対的に正しく相手は間違えていると思っているから。

そして法律は、そーいう自分の考えに囚われて他者に迷惑を掛けることのないよう、あらかじめ明文化しているのです。
なにかあったら、「ほらっ、事前に決まっていることでしょ。告知済み」と言うために。

トラブルが少なく、仲間や協力者を得やすい人というのは、自分の考えに囚われることの愚かさを知って、人生の早い段階で、他者を認識する力を鍛えたのだと思います。
でも他者を認識する重要性を知らずに育った人は、いつまで経っても自分を優先する考えから抜けることが出来ません。

そして人生はトラブルの連続となり、もちろん助けてくれる人もおらず、暗澹としたものになるのです。

人間が豊かに生きるための人間力とはやはり他者の立場をどれだけ想像できるかによるものだと思います。

私たちは自分がつい囚われてしまう自分の目線に危機感を抱き、それを修正する方向で日々の生活を送らなければいかんのかもしれませんね。