心の流れBlog

心の守り方を考える

アイデンティティと愛着対象

アイデンティティとは、自分がどのような人間であるかを下支えしている意識。

 ラグビーの得意な自分
 勉強の不得意な自分
 親と仲が良い自分
 仕事を忠実にやる自分
 正義感のある自分


こんな風に自分とは<どんな人間なのか?>を自分なりに理解し、その理解が今日も明日も続くから、自分は普遍的に”こんなヤツ”だと安心していられる。

で・も・
これは自分一人で完結しているイメージなのでしょうか?

人は重要な人を失うとその遺失感から、ふさぎこみやうつの症状を呈します。
実は人を失うこともアイデンティティを揺るがす重大な事件ではないでしょうか?


完全に一人で生きているという人は、少なくとも日本にはいないでしょう。
生涯無人島に住むことが出来ないですから。

とすれば、親、兄弟、親戚、恋人、友人、同僚となんらかの関わりを持ち、その関わりから多少なりとも相手に愛着を抱きます。
それは別名”期待”や”甘え”と呼ばれ、満たしてくれる度合いが大きいほど、相手に感じる愛着は深くなります。

~あの人がいるから私もここに生きていられる~
といった、<あなたがいてこその自分>
~あの人が認めてくれるから私はがんばれる~
といった、<あなたにだけは認められたい自分>
がいるということは、
[あなたが私を思ってくれる]という下支えの上にアイデンティティが成り立っていることを示しています。

人はたった一人では自分を理解することが出来ません。
誰かの言葉、誰かの思いを受け取ってこそ、人間らしさを身につけることが出来る。

殺人も命を粗末にするも思いとどまるのは、[自分を下差さえしている誰かの存在に気がついた]からです。
その誰かをこちらも支えていかねばなりません。
だから人間界は相互扶助の精神で溢れているのです。

確たるアイデンティティがあるからこそ、我々は正常な精神を保てる。
自分のアイデンティティを守るために、周りを大切にしてみませんか?

追記
アイデンティティと誰かへの愛着が深く関係しているから、グリーフワークが必要なのかもしれません。