心の流れBlog

心の守り方を考える

大人になるとは?

ブログ シロクマの屑籠で「自称クズ=理想と現実のギャップに苦しんでいる人」を読んで思ったこと。

子供はおとぎ話を読んで、超理想化された人生を自分も歩めると信じる。
正義の味方やお姫様、お殿様は、人間関係に振り回されないし、お金にも困らない。
ましてや就職活動や介護生活とは無縁だ。

そうやってまず生まれてから誇大自己を作り上げる。

しかし生活を通して、「あれっ」という躓きを経験する。
スーパーマンは空を飛べるけど、自分は高い塀を飛び降りることも出来ない。
お姫様はお城に住んでいるけど、私の家は小さくて隣のみきこちゃんの家の半分だ。
クラスの集合写真、ゆみこちゃんはかわいく映っているのに、私は前髪ぺったりのぶさいく顔。

ガン・ガン・ガンと誇大部分が削られる。
そのとき、誇大妄想が削られても志を支えてくれる人がいれば、削られた事実を受け入れられる。
でも・・・支えてくれる人がいないと一気に、理想になれない自分はダメ=自己否定が始まる。(自称クズの始まり)

その人を抱える環境によって、誇大部分が削られなかった人、いい感じに削られた人、メッタメタに削られた人に分かれる。
それで大人になったら、ナルシストや傲慢な人、物腰柔らかで的確な判断ができる人、後ろ向きで逃げ姿勢の人に分かれる。

就職が決まりにくかったり、結婚相手を探すのに苦労する人というのは、誇大部分の取扱がまずかった人々だ。
周りはなんとなくその人の思想を読み取ることが出来る。
大学とか試験結果とか成績とは別に。
面接で、お見合いで、人と人が交流するとき、否が応でもその人の思想は晒される。
晒された思想の偏りが強ければ強いほど、相手は「偏屈な人だ」という印象を受けやすく、一緒に仕事をしよう、結婚生活を送ろうという気が失せる。

その人にとってみれば、環境が不幸だっただけなのに、責任は全部自分の肩に。
理不尽だ。
でもそれが人生。

大人になるというのはおそらく、いい感じに誇大部分が削られていること。
志はあっても、物腰は柔らかで、想像力に富み、相手の話に耳を傾けられる心の強さと辛抱強さを持つということ。
でも、ほとんどの人、いい環境に恵まれないから、おこちゃまのまま。
体だけ成人してから、あっちへぶつかり誇大自己を削り、こっちへぶつかり誇大自己を削る。
→成人してから、精神成長。
今は、そんな時代になったのかなぁ。
我々が子供の頃、環境はスパルタかべた褒めしかなかったからね。