心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

うまく表現できない人が増えた?!

最近の会話を見ると、角がしっかり立って紋切り型の傾向が強いように思います。

「あの人、ヘン」
「っていうか、ないしー」
「困るんです」
「これ超ヤバい」

比較的若者層が使っているのかと思いきや、一部の言葉は中高年にも使われています。

これらの言葉は、今目の前の状況を「アリ」か「ナシ」か見分けるためだけに使われており、その言葉を耳にする人に正確に伝わるかどうかは考慮されていません。
というのも、言葉を発している側は、なにかしら目の前のことに快・不快を感じており、それを言葉にして発散することでストレスを解消することが主なる目的だからです。

ところが言葉は始末の悪いもので、自分としては快・不快を素直に口に出したつもりでも、攻撃と取られることがあります。
偶然不快の原因である相手にその言葉が耳に入ったならば、一悶着が避けられません。

さて、なぜこのように語彙が減ってしまったのでしょうか?
それは個人個人がもつ心の中の余裕がなくなったことと想像力が減少したことにあります。

昨今全てが自己責任という論調が強まり、人を思いやる前に自分を守れ!とい風潮が広まりました。
自分のことに必死な状態では、発した言葉を聞いたら相手はどう思うだろうなどという想像ができません。
ですから必然的に文の最も主たる構成要素である「アリ」「ナシ」だけで終了する。
前置きとか、枕詞とか、主語をハッキリさせるとか、類語を考えるといった思考が回る余地がないのです。

日本人であれば中学までは義務教育を受けているはずですから、先人の残した美しい日本語にたくさん触れているはずです。
知識としてはある。
でもそれを意識して引っ張り出して、状況に合っているか照らし合わせて使うというプロセスが自分を守ることにリンクしないように思えるので省略してしまっているのです。

かくいう私も、5年ほど前、自分の語彙の少なさに頭を抱えてしまった一人です。
なぜこんなに角のたつ表現しかできないのか、まろみのある日本語が話せないのか。

本を読みました。ブログも書くようにしています。
人にも話す。
そうやって日本語になるべく触れることで、少しずつですが、言葉の分解能とでもいったらいいでしょうか?その表現力が上がっていると感じます。

先日そのことでお相手に「そう表現すればいいのね!」と驚かれたことがありました。
私にとっては、もはや普通の表現になっていることも、別の人にとっては的確な表現だったというわけです。
ある程度歳のいった私でさえも、それだけ日本語が上達するのですから、この文章を目にされている方もきっと日本語がまだまだ上達します。

論理も大切、語彙も大切、でも一番大切なのは届ける心。
素直な気持ちが適切に相手に届くように、我々は日本語をもっと大切に扱っていかなければならないと思います。