心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

相手に向き合えない人は早晩一人になる

世の中に失敗しない人などいません。
思いこみ、勘違い、想像力が欠如した言動、うっかりミスなどなにかしら失敗はつきものです。
だから失敗そのものとは、恥ずかしいことでもなく、前向きに修正するきっかけと捉えればいいのです。

しかし、最近自分の周りを見ると、失敗したときに、ものすごい勢いで逃げたり、相手をはたきかえしたりする人が増えていると感じます。

なんだか、”高尚な自分が汚された”とでも言わんばかりのこちらの睨みよう。
でも、その原因、本当はその人が作っているんです。そしてご本人も薄々気付いている。
なのに、情けないことに「ごめんなさい。私が悪かったの」と言えないんです。
もしくは表面上「ごめんなさい」と口にするけど、全然何が悪いのかに向き合う気がなくて、うるさい蠅を追い払おうとハエたたきをぶん回しているように謝罪を口にする。
だから「ごめんなさいっていったけど、何に謝ったの?」とこちらから尋ねると押し黙ってしまう。
そりゃそうでしょ。”とりあえず”謝ってみただけだもの。内心「私間違ってないもん!」と怒っているのだから。
怒りながら謝罪って、感情にすれ違いがありすぎます。

もしかしたら、年齢的に頭の凝り固まりが始まりやすいと言われている時期だから余計、外に向けて心を開けない、相手に向き合えないのかもしれません。

しかし筋肉と同じように使わなければ退化し固まってしまうオープンハート。
一生懸命オープンにしないと、もう二度と人に心を開けなくなってしまいます。
すると、誰からも忘れられ、一人ぽっちになってしまいます。
そうなってから、「友達がいない」と焦ったり、<ケアサービス>でお話相手を募集しても、やっぱりどこかでオープンじゃない分、相手を引き寄せられない。

謝れるって大切なことなんです。
相手の怒りをそのまま受け取るってこと、そして自分の中で何が悪かったのか省みるって事。
その行為は自分の心を傷つけ、苦しい思いをさせます。
でもそうやってしか、人は改めることが出来ない。

私の周りの失敗に背を向けた人の中には、幼い子供を持つお母さんがいます。
子供には「悪いことをしたら謝りなさい」と教育するのに、自分は知らんぷりだと子供が違和感を覚える。
子供が素直に親の背中を見て育つことの出来るように、親はいつも姿勢を正していなくてはいけないのではないだろうか?と私は思うのです。