心の流れBlog

心の守り方を考える

自主性を奪うとどんなことでもやる気が減少する

自主性や偶発性を奪うと、どんなことにもやる気を失う。

例えば勉強、ほんらい知るということは人間の欲として備わっている。でも知れと強制されると知りたくなくなってしまう。


例えば恋愛・結婚、たまたま一緒にいてトキメク瞬間があるから恋のパワーが生まれる。でもお見合いのように付き合うことや結婚することを前提にされると、恋をする自由さが奪われたようで情熱が失せる。

最近、やる気のない子が増えている。
「どーせ」「別にぃ」「ウザイ」「どーでもいい」という言葉の裏に、自主性がもてない諦めが見える。

世の中が全て義務や強制で出来ていたら、人の目は死ぬ。
なにをどうあがいても、こうしなさい!と強制されるなら、何もしない方がまし、決められたことを淡々とやればいいと感じるのが当然。
親は子供のやる気を何処まで見ているのか?
数字に興味を示すのはよくても、ダンゴムシを集めるのはダメとか、うんこの絵は描いちゃいけないけどお父さんの顔は描きなさいとか、そうやってちっちゃく子供に強制するから子供の伸びゆく気持ちが萎える。

一歩世間に出ればそこは常識という強制の世界。
だからこそ、プライベートだけは、家族だけは、その人の自主性を認め伸ばしてやって欲しい。
大人も子供同様”輝く瞬間”をもって生きて欲しい。

食べること、生殖すること、知ること、認められることといった事には、他人に迷惑がかからず且つ法律に抵触しなければドンドン自主性を認められていいと思うけどなぁ。