心の流れBlog

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頼りない夫を立ち直らせる方法(模索中)

「頼りない夫」や「頼りない男性」という検索ワードでこのブログを訪れる人がいる。
きっと、どうしたら「頼りない」から「頼りがいのある」に変わってくれるのだろう?と頭を悩ませているのだ。

私も配偶者Sさんの傍観主義、放置主義に随分悩まされている。

精神科にも行ったし、カウンセラーにも相談した。
実は外野からみる以上に、悩みは深刻だ。

ネットでは妻が倒れても知らんぷりの夫、子供の面倒を全然見ない夫、父親としての責任感のない夫に関する愚痴とも取れる悩みが散乱している。

このような悩みの渦中にある家では、大方事態が混乱している。
せっぱ詰まった妻は夫を責め立て、夫は自覚のない分、理不尽さに耐えかねる。
夫から心が離れる妻、家に帰りたがらない夫。
子供達は親の顔色をうかがい、母親から聞かされる愚痴に心がしぼむ。
誰が最初に救いの手を差し伸べればいいのだろう?
誰もかれも精一杯。

不幸家族、離婚直前家族の典型のような症状だ。

”誰かに相談しようにも、その道のプロがいない。”
”離婚カウンセラーはいるけど、そんなの仰々しいし。”
”結局カウンセラーを経由しても、夫の頼りなさを解消しない限り、幸せになれないんじゃないか?”

もう無限ループですね。

誰にも助けられない、根本的な救いがない。
絶望的です。
・・・でも、私は諦めなかった。

「私も不出来。相手も不出来。まず自分の不出来から知ろう。」
そう思った。
そしてたどり着いたのが愛着障害。
私は愛着不安型だった。
人の目を気にして、自信が無く、常識に囚われ、世間一般の価値観に縛られる器のちっさい人間だった。
自分で自分の面倒を見きれないから、心のどこかで配偶者に面倒見て欲しい・褒めて欲しい・助けて欲しいと過剰に期待していた。
まずは、その重~い重~い期待を辞める方法を自分の心に問うた。
少しずつだけど、幼い頃に親にもらえなかった愛情のカケラを自分で集めて、後天的に補うことで、徐々に期待が薄まった。

自分を自分で治療してみて思ったのは、現在の不満は全て過去に起因しているということ。
ならば配偶者も同じではないか?

配偶者は愛着回避型。
傍観的な人は回避型が多い。
他人の痛みが分からないのだ。
深刻な育児放棄を受けると、自分の感覚・感情さえも失う。(病名:アレキシサイミア)
配偶者も感情の一部欠損が見られ、我々が当たり前に言葉として使用している感情の感覚が分かっていないことが判明した。
分からない感覚に対して、妻から期待を寄せられることほど、当人にとって難しいことはないだろう。
私は配偶者に実力以上のことを求めていたのだった。

だから私は彼が人として感じる必要のある感覚を手に入れるために、彼の意識を今ではなく過去に向けるように言った。
過去の嫌な記憶も良い記憶も話すように言った。
そしてその中で鍵となりそうなところに焦点を当て、今までとは別の考えをしてみるように促した。

そうすると彼は「何だか分からないけど、悲しい」と言った。
彼も彼なりに心に深い傷を抱えていて、それはやはり彼の心の奥底を縛っていたのだった。
悲しいと感じられるだけでも進んだと思う。
嫌な記憶に目を向けて、一生懸命それに向き合おうとする姿は彼の真摯さを物語る。

どんな人間だって生まれた瞬間は天使だった。
天使としての資質を持ち合わせたまま大人になれないのは、それを邪魔する壁があるから。
その壁を別の誰かが取り去るのを手伝ってくれたとき、その人はもう一つの人生を歩み始める。
一人だったら出来ないことも、二人なら出来るかもしれない。

成功するか失敗するかは未知数だけど、取り組むことそのものにも意味はある。
彼が思考を深めるのを、もうちょっと傍でみていようと思います。