心の流れBlog

心の守り方を考える

ママ友の足の引っ張り合い

ママ友同士で足の引っ張り合いをする記事を読んだ。

ママ友の子供が同じ学校を受験することが分かると、無断で受験校に受験辞退を申し出るとか、受験の日にわざとライバルの家に救急車を呼びつけて応対に手間取らせて受験阻止をするとか、外野から見ると「えーそこまで!」と驚くばかりである。
SNSでは、どこどこに行ったと書けば羨ましがられ、子供がテストの成績が良かったと書けば、嫌みを言われるのだそう。

こういう母親は、自分の作品である子供がママ友の子供に負けるのが許せない。

母親は仕事を辞めて家庭に入ると、自分の存在価値を見いだせず、ついつい子供をダシに競争をする。その勝敗で自信を取り戻すのだそうです。
子供の競争に入れ込まないように、女性は働いた方がいいという説があります。
本当にそれで問題は解決するのでしょうか?

私はそう思いません。

家庭に入る前から、その母親は精神に問題を抱えていたのです。

学生時代は、友人より成績が良いことに固執し、みんなに羨ましがられる彼氏をゲットすることに拘る。学校を卒業したら、大企業のOLを目指し、社内でも有望株のイケメン男性と結婚しようとする。
いつでもどこでも自分が一番じゃないと、認められていないと気が済まない。
そういう性分だったのです。

なんでまた、「あれも~」「これも~」と次から次へ、飽きることなく世間から良いとされる印を手に入れようとするのでしょう?

それは、「今の自分で十分。私は私のことだーい好き!」という感覚がないからです。
自分で自分を愛せないから、他のことで補おうと周囲からの賞賛にしがみついている。
それも病的に。
賞賛依存症(自分で命名しました)といってもいいでしょう。

こういう人と接すると、他人は嫌な気分になります。
だから裏で悪口を言われるのです。
「あの子、二股かけてたのよ」「なに?自分の旦那自慢?ウザぃ」「取り入るのが上手い娘なのね~」
これらは他人が性悪なのではなく、賞賛依存症の人が相手に黒い感情を抱かせているのです。

[ママ友は長続きしない。本当の友達ではない。]と言いますが、多かれ少なかれ親というのは子供を通して競争しようという魂胆を抱えてしまうからではないでしょうか?
爽やかな戦いとは言いがたい、子供を介しての優劣付け。
優劣の世界において信頼感など築かれるはずもないのです。
本当に親として立派に生きたいなら、競争など関係なく自分の子供が好き、自分が好きと思えるようになることです。

ちゃーんと生まれてくれて、こっちを見てくれるんなら、これ以上何を求めましょう?
子供がお腹にいると知ったとき、「無事に生まれてきてさえくれればいい」と思ったあの謙虚さはどこへ行きましたか?
競争したって何も残りません。
それより自分や自分の家族を愛して、信じて支えていけば、自ずと結果はついてきます。

金儲けをしようとして成功する人がいないように、競争に勝とうとして本当の勝者になれる人もいないのです。
子供が学歴や就職先に恵まれたとしても、親が子供に疎まれるようでは、惨めでしょう?
くだらない足の引っ張りあいなど辞めて、自分に集中することが賢者の取る道です。