心の流れBlog

心の守り方を考える

コミュニケーションの基本

自分のコミュニケーションはどこかカタくて、一方的な感じである。
なにがいけないんだろう?と考え続けた結果、コミュニケーションの基本を間違えていることに気付いた。

私の親は子供を受け皿として、一方的に話をするタイプだった。

そうやって育てられた私は、コミュニケーションとは「話す」ことで、「反応する」ことだと理解した。
子供の意志で反応すると親に攻撃されるので、相手の気に入るよう反応することに気を遣った。そのクセが心に根付き、へつらう習慣として表に出ていた。
一見柔らかめの対応をする私につけ込む人は多く、私を押さえ込もうというタイプから愚痴のゴミ箱にするタイプまで、ありとあらゆる嫌な人間を見てきた。
掃き溜めのように扱われた私は、憤りを募らせ、怒りの矛先を我に向けて体調を崩した。

そんな間違いから抜けだそうと、ストレスの溜まらない押さえ込む側に回った方がいいのかと思ったこともあったが、なんとなく同じ穴の狢な気がしていた。

多くの普通の人と接し、その度心の中で「なんだかなー、虚しい」と思いながら何年かを過ごした。
ところが最近、コミュニケーションの上手い人にあった。
配達のお兄さんである。
話の広げ方が絶妙で、気付くとぺらぺらと喋っている自分がいる。
毎週そのお兄さんと話すことが、楽しみになっていた。

彼のコミュニケーションを見ていると、まず相手が興味ありそうだなーというところを読み取り、話を振りながら、「へぇーいいですね」と感想をいうスタイル。
-聴いて返す- コレだ!!! と思った。


  

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これが本来のコミュニケーションの基本だと。
相手の言葉、状況、ボディーランゲージから様々な情報を読み取って、情報をヒントに言葉を返していけば、間違いなく相手は話に乗ってくる。
大事なのは相手ありきの会話の組み立て方。

「人間が好き」とか「人を信じられる」という人は、コミュニケーション導入部の”情報を読み取って”が好意として自然に出来ている。
すごい、スゴいなぁー、そんなにも同じ人間なのにコミュニケーション方法が違うんだ。

私がずっと「人が恐い」と言っていたのは、”情報を読み取って”の部分がなかったから。
相手を知らずに相手と交わることほど、不安なことはない。

毎年来る年賀状も、メールで言いたい放題の文面も全て、「言って反応を見る」のコミュニケーションスタイルだ。
だから怒りと虚しさを感じる。
そうじゃない。聴いて返すんだ。
それができないとコミュニケーションにならないんだ。

そう思うと今まで見えていなかった世界がヴァーっと広がる気がします。