心の流れBlog

心の守り方を考える

羨望を口に出すときの気持ち

サラリーマンが個人事業主を「自由でいいよな~」というとき
年寄りが青年を見て「若いっていいよな~」というとき
男性が結婚退職する女性に「仕事辞められていいな~」というとき

単純に羨望だけが込められているんだろうか?

人任せ、流れ任せで生きてきた人に限って、目の前の人を見て自分もそうだったら・・・と無いものねだりしているように感じる。


自分で舵を取っている人は、相手には相手の考えがあると思うから、「オマエらしい」「十分に若さを満喫しなよ」「新しい道を進むのを応援するよ」と相手を尊重する発言になる。
「どこまでいっても、自分は自分」という割り切りは、相手を羨む感情と無縁だ。

そう思うと、私はずいぶんと人を羨んで生きてきたなー。
愛されて育った人が羨ましい。
自信を持っている人が羨ましい。
キャリアを伸ばしている人が羨ましい。 って。

逃げ腰、後ろ向きな人生だったからこそ、口からついて出る「羨ましい」発言。
我が身が情けなや、情けなや。

ところでもし、今の私の立場を羨ましいという人がいれば、「じゃあ、やればいいんじゃん。」とアッサリ言い返しそうだ。
どういう人生を生きようとも、それはその人が決めたことで、別の人はそうじゃない選択をしただけ。やりたきゃやればである。


今の私は自分の道をどれほど歩いているのだろう。
そしてこれから先、どれくらい覚悟を持って選択をしていくんだろう。
わかんないけど、あんまし「羨ましい」発言をせんでええように生きたいと思います。