心の流れBlog

心の守り方を考える

固い人の続き

以前固い人という題で、記事を書いたことがあります。
そのときは、こちらが誰も攻撃していないのに、勝手に攻撃されたと勘違いして
仕返しをしてきた人の話でした。

でも、それ以外にも固い人というのはいるのではないでしょうか?
つい先日、配偶者Sさんに「KOMAの性格が硬い」と言われて激怒してしまいました。
それで昨日一日ずっと、硬いと言われる性格について考えてきました。

ずっとずっと考えて、硬い性格が作られる順序を見つけ出しました。
それをこれから話していきます。

第一子としてこの世に生を受けたKOMAは、母の子として「完璧」であることを求め
られました。
かわいくて、やさしくて、かしこくて、文化にも精通するお嬢さん。
これが私に求められた像です。
その像からズレるときは、徹底的に矯正されました。
だから「完璧」でなくてはいけないという幻想が私の中にしっかりと根付きました。

少し成長すると、自分の欠点が自分で分かるようになります。
いつもニコニコしていられるわけじゃない。
ムカつく相手はこらしめたい。
苦手な科目だってある。
すきでもない楽器演奏したくない。

そんな自分が嫌でした。友達のIちゃんはなんでもできる子なのに、自分は
性格も悪いし、勉強もできない。
無駄な比較が続きました。

そんなとき自分以外の人間から、「KOMAちゃんは、性格悪いよね」と言われると
します。
その瞬間、頭に血がかぁーっと登って、「ウザイ」「消えろ」という気持ちがわき起こり
ます。
KOMAはアダルトチルドレンなので、顔を引きつらせながら黙ってその場にいます。
ACでなければ、「はっ?何言ってんの?あんたの方が性格悪いよ」とでも言い返す
でしょう。

すると言った相手は、
「ホントのこと言っただけなのに、ちょっとなにか言うと過敏に反応するやつ」
とか
「地雷が多くて、言葉に気を遣う相手」
という印象を持ちます。

そして、気軽に接することの難しい・冗談も通じない相手、即ち硬い人という印象が
決定づけられます。

こういうパターンで傷つきを連続して体験してしまう人には、ちまたでこんな風に
回避したらよいと言われてます。
「物事には良い面と悪い面があります。悪いと感じるのはあなた自身のフィルターです。
フィルターを替えて、良い面を取りましょう」
「相手はあなたのことを思っていっているのよ。素直に従いなさい」

こう言われて、「はいそうですか、直します」と言えますか?
私は無理です。
自分の心に嘘はつけないし、ねじ曲げたくもない。

じゃあ、どうしたらいいか。
それは出発点である『「完璧」な自分であろうとすること』を捨てること。
等身大の自分を見るのです。
完璧ではない人間として自分を認定するのです。
そして、完璧な人などこの世にいない事実を知るのです。

人間は自分のエゴ(自分が一番だと思いたい 不快な物は遠ざけたい)のためなら
なんでもする自己中心的な存在です。
体のいいことを言っても、よくよくその真意を確かめると、やはりエゴにたどり着きます。
できれば、人のエゴ(相手への批判)になど巻き込まれたくはありません。
ですから、エゴを潰しにかかればいいんです。

ここでいうエゴを潰しにかかるのは、真っ向から勝負して打ち勝つという意味ではなく
エゴそのものを無効化する方法です。
相手はそもそもたくさん頭に浮かぶ感情の内、目的を達成できそうなことしか口に
しません。
その目的とは、「不快なものを排除したい」です。
叩いて叩いてぺちゃんこにして、ゴミ箱へポィと捨てたい。
けどその前に少なからず”抵抗”するだろうと身構えています。
「私に抵抗するなんて100万年早いわ」と思っていますから、もっと徹底的にぺちゃんこ
にしようとさえ思っています。
その想定を全部こちらが潰してやるのです。

相手が攻撃してきたら、「あっ、そうですか。それはすいませんね。」とでも言って
やればいい。
これから抵抗がくるぞーと身構えていた相手は、調子が狂ってしまいます。
ついでに「あなたは私を○○と思っているんですね。痛いところを突かれました。
スゴク胸が痛みます。」といってやれば、相手は「そんなに傷けるつもりなんて」
と罪悪感を持ち始めます。
まさに因果応報。
相手が放ったエゴは、罪悪感という形で相手自らに返ってくる。
これでいいじゃありませんか。

このような冷静な判断をするためには、「ウザイ」と頭に血がのぼらないように
完璧ではない自分を受け入れましょう。
人間を知れば知るほど、無知の知ではありませんが、不完全な存在であること
が見えてきます。
あなたも私もまだまだ道半ば。
不完全バンザイ。まっ気楽に生きましょうや。