心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

職業で態度の変わってしまった人

私には年の離れた妹がいる。
最近その妹の言葉が耳に付くようになった。
彼女はまるで自分が姉のような言葉遣いをするのだ。
関西弁で、「大変なんやなぁ」「そうなんかー」と一見すると共感している言葉を使う
のだが、どうも上から見ているようなニュアンスを漂わせる。
出来損ないのカウンセラーが無理矢理共感しているような違和感。

おそらく身近にこのような応答をする人がいるか、職業柄患者さんに接する

態度が自然とそうなったのか。

共感するというのは、自分の気配を消しつつ、相手の考えを尊重することである。
ところがエセ共感だと、自分の葛藤は残しつつ、相手に反応するという手に
出る。すると必然的に葛藤が浮き上がり、相手に違和感を与える。
私の妹の場合、自信のなさからくる葛藤がなめられちゃいけない思いを生み、
「不遜」という違和感で現れている。

”堂々としていなくてはいけない”職業柄そういう人はいるだろう。
がしかし、愚直に仕事をし、経験を積むからどっしりと構えることができるのであって
浅い経験の中で無理に堂々さを演出した所で、嘘くささはすぐ見抜かれる。

厄介なのは、職業によってこの態度が加速されることだ。
年齢を重ねれば、人は頭が固くなる。
仮にこの態度で人生が行き詰まったとしても、その時には自分の生き方を変える
ことが出来なくなっていて、身動きとれなくなるのだ。

早くして偉くなってしまうことは、時に人間としての成長を止める。
上の人に間違いや態度を指摘されながら、自分を作りかえることで、いつでも自分
が完璧でないことを知り、それ故謙虚になれるというものだ。
数年前まで不遜な態度を取ることなく生きてきた妹。
こんなにも変わってしまって、とても残念だ。