心の流れBlog

上手くいかなくて迷い込んだときの読みもの

普通の人たちの人間関係

みずたまさんからいただいたコメントをちょっと考えたいと思います。
(ブログ記事 依存の誘発の危険性)

>そして、

>『普通の環境で育ち受容もアサーションも両方出来る人』
>なんてそんなにたくさんいるのでしょうか。
>幼稚園でたくさんのママに会い、ランチ会にも
>よく行っていましたが、けっこううわべだけで、
>良質な人間関係を垣間見る事はほとんどありません。
>私がここで言いたいのは、
>ACだから良質な人間関係ができないのはなく、
>普通の人達の間でも難しい事なのではないでしょうか。

以前に職業訓練と称した講習会に行き、アサーションについてレクチャーを
受けた時、参加者アンケートの結果、「言いたいことを言えず黙ってしまう」が
一番多かったことを思い出しました。

「和を以て尊しとなす」の精神で育てられてきた我々日本人は、ともすると
事を荒立てることを何よりも嫌い、荒立てるぐらいならと自分の気持ちを押し殺す
ことを許します。
結局押し殺した感情は溜まる一方ですから、結局分かりあえる日など来ずに
相手との心理的距離は伸びるばかり。
それ故”うわべだけ”の付き合いで終わってしまうのでしょう。

ムラ社会を脱し、個性を重視する現代においても、適度な距離感を保ちながら、
いい人間関係を構築できる人は少ないです。
それはムラ社会から急速にindividualな世界へ”見た目”だけ飛躍したからです。
西洋から輸入した思想は、その本質を理解されることなく、方法だけを真似られ、
伝搬していきました。
未知の相手である他者を理解できぬまま、individualが広まると、他者を尊重する
という姿勢が育たず、単なる自己中心的な人物が出来上がるのです。

ムラ派 vs individual派という社会構成において、ボス的なindividualは遠慮無く
ムラ派に物言いをしてきますから、ムラ派は不満が溜まる。
しかしムラ派は反論してきませんから、表面上は穏やかです。
かくして、表面上問題なさそうなコロニーが出来上がるのです。

これを外野から見ると、中身がスカスカのコロニーに見えるのです。
様々なコミュニティーにおいて、スカスカのコロニーはあちこちに散見されます。
言葉さえ交わせばいい、と会話ばかりして、未知なる他者を前提とした対話が
出来ない人々であふれかえるこの世界は、どこをどうたどっても、プチッと先が
切れていて、なんとも物悲しい様態なのです。

ACはおそらくこの状態を誰よりも俊敏に見抜きます。
せっかく見抜けるのですから、せめて自分はこうならないように、対話できる
準備をしておきたいですね。