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心の流れBlog

心の守り方を考える

やさしい虐待きれいな虐待

最近やさしい虐待、きれいな虐待という単語があるらしい。
やさしい虐待とは、「勉強しなさい」「お風呂に入りなさい」という日常的な行動を親が
何度も子供に命令することで、子供のやる気が削がれ、無気力、不登校になる状態。
きれいな虐待とは、親から愚痴、人の悪口を子供が聞かされ、子供が愚痴のゴミ箱
になっている状態。この虐待が原因で、万引き行為なども誘発されるらしい。

 東海大学大学院 長谷川博一氏がご専門だそうで、百通を超える悩みの手紙が

全国より寄せられている。

親としてはしっかり躾けたつもりなのに、なぜ我が子が不登校に、犯罪に?と
不可解きわまりないのだろう。

このような行為は、今に始まったことではない。
我々ベビーブームの頃も、あたりまえのように行われていた。
しかし、その頃子供に学校に行かないという選択肢はありえず、倫理感が強かった
こともあって、表面化することはなかった。

今の子供達は、比較的自由な思考を持ち、素直に考えられるからこそ、より正直
に心のSOSを出せるのだ。
つまり過去からずっとこの虐待は存在し、子供の心に深い傷を残してきた。

人は認められ、尊重されることで、自らがこの世にいることを感じ、心が元気になる。
ところが、○○しなさいと命令される生活が続くと、自分の心の居場所を失う。
特に幼いときは、親に認められることが自分の存在を知る唯一の方法であるから
して、その親に認められるために必死に努力を重ねる。
ところが努力してもしても、なんの報酬も受け取れないとき、子の心は砕け
我を失う。
だが、そうなって尚、親はガンバレーと発破を掛ける。
”いや・・・、もう何も残ってないんですけど” というのが子供の本音。
そんな子供のささやかな嘆きが親に伝わらない。

親からの執拗な一押しに、さぞかし苦しい思いをしていることだろう。

そんな親に、自身の子供時代を尋ねると、同じ躾をされている。
そして、「躾されている最中『もっと自由になりたい』『もっと認められたいと思っていた」と言う。
自らが過去に不快感をもったにも関わらず、同じことを子に繰り返す。
それはまさに負の連鎖。

この連鎖は、どの虐待にも言えること。

連鎖を断ち切るために、親が過去の傷を癒すことが先。
専門家の手を借りるなり、ワークショップで傷を治すなりして、それから我が子に
向き合う。そうすると子供の訴えを聞ける自分になり、自らを省みることができる。

いや~、やっとここまで精神療法もやってきましたか!
以前は、”そんなのどこの家庭でもやっていること” とハナから取り扱ってもらえなかったんです。
でも傷は傷なんですよ。

一度傷を負い、十分な手当がされないと、なかなか回復しないんです。
不登校、引きこもりだけではなく、対人恐怖症、人付き合いの苦手から来る婚活
疲労者の一部は、この虐待の犠牲者です。
もう少し、虐待に対する世間的認知が進めば、”一般的な生き方”を強要しない
風潮が広がると思うのです。
傷を治していない人に健全な暮らしを求めるのは無理というものです。
人には見えない色んな傷がある。
だから、こーしろ、あーしろと周囲はとやかく言わないで、そっと相手を見守りましょう。
”放っておく”のも優しさです。

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